白と自分が帰る場所

次から薬無しでいいって言ったら、反抗的なように思われるかな。まぁ、それでもいいなら、次はそうしてみたい。考える義理という問題ではないんだよな、きっと。理不尽に理不尽で対抗してしまってそのまま。

しわよせというのは、いつもこういうものだ。食べていれば、それは誰かの食べ物を減らしているように、そこに感謝もなければ、他人への憂慮もない。

理不尽に勝ちたいと思うのはギャンブル性をはらんでいる。

親にここで いらない事言うと、いらないことになる。

いらない事考えないでいいんじゃ、我は。

...うん...。大丈夫。正しい判断だった :man_facepalming:

石に松葉杖が刺さっている写真を見て、考えたことを書き連ねてみようかなと思う。

我なら、どんなに辛いことを人から言われたとしても、同じように言い返してはいけないというのかなと思った。どんな手痛い痛手を負っても、それは相手の責任でもあることなのだから、反撃したくても、まずは周りを見て、自分が攻撃しても大切なものを傷つけてしまう恐れがないかを確認しようというものではなかろうか。辛い痛みでも、自分の心に戒めとして建てることで、あの綺麗な緑との調和が生まれているのかなと考えさせられた。痛みは反撃するためにあるのではなくて、自分がその人と同等の土俵に居てはいけない事、もっと考えるべき大切な人や事がすぐ目の前にあることに気づかせるためという自分の為にあるのかなとか、いろいろあるのではないかと思った。結果として、自分に良い結果として帰ってくるという意味なのだけれど、もっともっと、深遠な意味があったらとてもうれしいかもしれない。

一度忘れた信仰心を取り戻そうと思っても、取り戻せるものではないと、心の底では思っている。触れてはいけないとか、触れなきゃいけないとか、そんな右往左往する心を繰り返しながら生きる。今、泣いたとしても何も生まれるわけがない。でも、幼いころの信仰心を消したいかと聞かれて、泣いてまで消したいとまでは思わないことも確かなんだと、そんな朧げな気持ちで生きているのが、今だなぁと思う。

信仰する気持ちを教わったのは母であるが、あの時の場所に帰られないでいる。
残念10割だと自分自身は思っているのだけれど、今日か昨日か感謝できたことがあったのだけれど、あれは何だっけか...。

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声に出さずとも、言葉として書き込まなくても、人の声は聞こえるものだ。その声に嫌悪を抱いた。否定するぐらいだったら、見に来ないでほしい。否定しに来るぐらいだったら、ここに来ないでほしい。それか、否定の気持ちで来るのなら自分の声を隠せるような技を身につけてもらってから、来るんだったら来てほしい。スマホ携帯なら、ログインしなくても、閲覧できることは知っている。ここのサイトに登録して来ている人に向かって書いているのではない。わざわざ見に来て、否定することがあるのなら、ここにそれを書き込むとよいと思います。こちらとしては、言いたいことを言えない人を思うと、なんだか気持ちが冴えませんから。最近はそのような方はお見えになりませんが、以前そうだったので、書いておきますね。

ずっと前に、寝てギブアップして書けなかったことが、あったので書こうと思う。

突然にこんな話題でびっくりだと思うのだが、我は女性を自認していた時に、ボーイフレンドがいたことはあった。

いろいろ書くと傷が開きそうなので、書きはしないが、直面した悩みとしては、『男の考えている気持ちが分からない』というものだった。

とても端折るけれども、
うまく文章にして伝えることが出来なくても、ご自身の感情を言葉にして伝えることができなかったとしても、
上記のそのこと自体をも、伝えてくれる人というのは、女性としてはホッとするものだ。
それ以前に、何かを話すというそのことだけで女性は ほっとするものだ。

『このように考えている』と説明してくれる人、あるいはそのままの気持ちを伝えられる男性は時に女性を傷つけることもあるだろう。

だが、女性も自分不信になるのが確かであるが故に、多くを誤解し、自分自身の現状の不幸と相手の不幸さえ、相手と自分がどのような場所で生きているのかさえ、分からなくなってしまうことがある。

そのようになることを女性が心で気づいていれば気づいているほど、何かを話してくれる人、そんな時こそ丁寧に何かを教えてくれる人、単純に何かを教えてくれる人でもいい、その男性の自分自身のことを話してくれる人、というのは、それだけでとても嬉しいものである。

でもそのように、『自分の考えを説明できる人』『そのままの気持ちを伝えられる人』と『自身が伝えられないことを伝えることが出来る人』『相手に向かって自身との会話を悟し、促せる人』とは大きな違いがあるのは確かなことであるのは確かではある。

でもだからこそではないのだが、敬意を向けたいことがある。
論文になってしまうのは嫌であると思えば思うほど、我も伝え方に頭をひねる。

いろいろ悩み考えた挙句、考えて生まれてきた文章に、こちらの我も戸惑うこともあった。
でも、我にとって、そのような、ほんのわずかでも、ほんのわずかずつでも、心情を渡してくれる方は、とても素敵な人であると思うし、女性にとってはとても貴重な方であると思っている。

頭の構造上、男性のようには伝えられないが、
そのようなご行為に我(男の方)からとても感謝している。

あと、ここで、『うまく伝えられないという男性に対して我がどう思えばよいのか』について書いてみたのであるが、女性の方に少しでも不快感を与えることや傷つくことがあったとしたら、謝っておきます…。

夜は穏やかなんだけれど、最近は思うような行動ができていない。
外に出ると、程よく吹く強い風は気持ちがいい。
頑張らねばならぬ。

…というか、本気で調子が悪いから、ここを離れなければ。

ここを離れることにします。
楽しかった。
ありがとうございます。
ありがとう。

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人には参考向きでない個人Zoomの記録

要約

・アカウントを作る時はgメールのアカウントをそのまま使った方がいい。他の代表的なメールだと、パスワードの再表示が出来ない為、時間がかかる時がある。

・カメラの認識は自分のカメラで映すときは、粗目が立って見えるけど、人の映像にはきれいに映って見えるので、背景とも綺麗にしていたほうがいい。

・メール招待のコピーペーストを使った方が、やりやすい。

・マイクは大きな声を使わなくても、小さな声を使わなくても、拾ってくれる。

・我のマイクだと、傾き角度によって変化があると思ったけどよく調べたら変わらなかった。

・PC音量24を推定した時、小声でしゃべるなら我のマイクだと口から5センチの距離で話す

・我のマイクだと、口から正面配置で手に直接持って小声で話した方が聞こえやすい。

・よく、大声を出すと、自分の声が反響して聞こえて、話す自分の思考が止まるので、小声で話す。
・伝えるようにしてしゃべらないとマイクが声を拾ってくれない。

引き続き実際に本声でお試す。

要約

村に喫茶店が出来たので、のぞきに、行きたい。ジャズと喫茶店は好きじゃなくても、ジャズと喫茶店は好きなんよな。

チャットの書き方が分からなくなってしまった。
感覚がわからなくなってしまった。どうすればいいんだろうか
感覚がおかしいや。

要約

寝倉です。

コップの水飲んでたら、ちっそくしそう。

要約

チャットのやり方 引き続き模索中。

人には参考向きでない個人Zoomの記録

要約

・ミーティングに招待するコピーペースト機能を使いたい時は、右端に自分のアイコンがあるフキダシから上部〔ミーティング〕を選択。左側に自分のパーソナルミーティングIDが表示されているのでそこをタップ。すると、表示される。

・招待した側が主催するときは、上部バー〔ミーティング〕→〔パーソナルミーティングID〕→〔開始〕を押す。〔ホーム〕の〔新規ミーティング〕ではNG、待っている参加人が入れない。

・特定の人物を見やすく表示させて、指定の人物にチャットを送るには、カメラフキダシ下部バーから〔参加者〕→話したい人のネームの上にカーソルを置き、右の設定〔…〕ボタン→〔チャット〕をタップ。カメラ吹き出しの下部バー〔チャット〕からも、選択可能。

・閉じる⇒目に見えなくする。 ポップアウト⇒新しい窓を作り表示させる。
窓にしてしまったチャット欄を右に貼り付け戻したい時は、ミーティングチャット窓内の「ここにメッセージを入力します…」の入力場所の右の小さい設定〔…〕ボタン→〔ミーティングウィンドウにマージ〕を選択。同様の場所からチャットの保存もできる。

・画面の共有をしたい時、自分のカメラのフキダシ下部バーから、〔画面共有〕を選択。共有をやめたい時は、上部小さい赤枠〔■共有の停止〕をタップ。

・共有する窓を決めることが出来る。二つ以上選択したい時はCtrlで複数選択。二つ以上の窓の組み合わせが自分の画面の配置でそのまま相手に表示される。

・参加者である自分が画面共有をできないとき、主催者がそのような設定をしている。
主催者側が、カメラフキダシ下部バー〔画面共有〕の横の小さい閉じられたフキダシ矢印をタップ。表示された中から〔高度な共有オプション…〕をタップ。〔高度な共有オプション〕の窓が表示される。「共有できるのは誰ですか?」の質問項目から、ホストのみではなく〔全ての参加者〕に〇印を置く。

・自分自身のミュートまとめ。カメラフキダシ下部バー〔ミュート〕そのままタップ。カメラフキダシ上部の自分が映ったミニカメラ画面上にカーソルを持っていき、小さい〔ミュート〕ボタンが表示されるのでタップ。その右の設定〔…〕ボタンタップで〔自分のオーディオをミュート〕を選択。Alt+A。カメラフキダシ下部バー〔参加者〕→自分の名前の右、マイクマークからミュート。

・(同様の設定〔…〕ボタンから、自分の背景のレイアウト変更、表示名前の変更ができる。)

・カメラ映像ではなく、カメラに向かって自分のアイコン表示をしたい時は、自分のカメラ画面上にカーソルを持っていき、現れた設定〔…〕ボタンから、〔ビデオの停止〕をタップ。

・発見した注意点。
1、ネットワークにつなぎましょう。
2、イヤホンをしていてもPCサウンドから消音になっていないか、本体サウンドではなく、イヤホン経由のスピーカーになっているか見ましょう。
3、自分のアイコンは拡大表示できるように、良いものに変えておきましょう。
4、〔参加者〕窓のマイクマークに時々揺らぎが起きるが、ダミーデザインではなくて、本当に個人のマイクから音を拾っているということなので、もしもの場合は、使用するつもりのマイクの他に反応している音声入力部分がないかどうかを確認したほうがいい。

要約

この機器、もう壊れてると思って乱暴に扱ってたら、まだ壊れてなかった :joy:

要約

自業ぉ~♪ ざまァwww~

要約

トイレ、行けなくて辛いを通り越して動悸がする。行けなくて苦しい。
いつもいつも、奇怪な行動が増える。家に戻れなくて辛い。誰も悪くないのに辛い。自分自身が邪魔者で辛い。大きい、でっかな。奇怪な行動をとってしまう時の為に、そのための時のお金を貯めてるの。行けない、苦しい。

要約

NOIROZEにならないのは、夢と好きがあるから。唯一。

要約

今日は流してみたの。えらいでしょ?

要約

お金で権利が買えて、尚且つお金がない人が劣っているというのなら、日本国憲法なんてものはもうとっくに いらないんだよな。

要約

ハハハ、てか今の社会はもう、まんざらでもないかw

この世の中は、何をしても悪いことが降ってくる。それが世界の約束~みたいな、やっぱ聞きたくなかったわ。

要約

僕はダイレクトに書きすぎているかもしれないけれども、ここで繋がりを断ってしまったら、自分が暗がりに残されて迷ってしまう。ただ繋がっていればいいだなんて出来ない。
書き込んで自分自身で傷ついてしまうことがあるけれども、僕はここの温かさにしがみついている。

時々、血臭い生魚を食べたい時がくる。そうか! :smiley:我の中のねこ :cat:ちゃんが魚を食べたくて騒いでるんだね! :smiling_face:(はい。違いますね。我の中のビッグフッド が騒いでいますね。)

試し書きのriria監督が贈る、笑いと絶望感の涙溢れる映画コメディー

これであのandoさんの賢人ゴリラ :gorilla:も、かなうまい(笑)
フハ、フハ、フ ハ(強調)、フハァーハハハハハハ!

※この物語には誇張表現が含まれており、全てフィックションです。

作成中の映画予告

果たして__、賢人ゴリラ :gorilla:とビッグフット :gorilla:は なかよく
なれるのか :interrobang:

要約

はいー、こちらをご覧ください。こちらの檻にいるのは、ビッグフットですね。こういう風に、魚を与えると元気になりますね。

ビッグフット「フオーーーーーー」

ほら(棒)、かわいい(詰)、ですね。

くすっ
おさるさん来た。

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刺激的な内容が一部含まれているため読まないで下さい_我の創造日誌。

要約

いままで、あんなに拒否していたのに、今落ち着いた先があまり不快に感じない。
何が成長したのかなとも思ったけれど、ただ直近に準備するという単純なことだった。
いや、心の中で何か、かせが外れたのかもしれない。あまりにも、自分の本心を押し込めていた時間が長く、それがおおきなことだとも気づかずに、一気に流れた。創造性とは心の中に押し込めていたらいつか自分に牙をむくと本に書いてあったが、我は何を押し込めていたのだろう。自分が何か大切なことに気づいた、ただそれだけのことなのだろうか。いや、きっと、自分を変えられないという、自分が信じる真実に怯えた恐怖に動かされているだけだろう。自分が決まって動くのは恐怖からだからだと、過去が言っている。我はどう立ち向かったらいいのだろう。薄っすらぼんやりとだが、書くことで更新することで、気持ちの中の何かが安定するんだ。だから、止めたくても止められない。ただ、人に応援してもらいたいのだろうか?自分はそんなに弱いのだろうか。我はこれでいいのだろうか?だが、一つ確実なことがある。ここで頑張らなければ●ぬ。我はそんな単純な理由で動かされると言うのだろうか。ああ、まいったな。恐怖が和らげば、我は、書かないというのだろうか。あ、ひとつ自分に約束していたことがあった。それとは、どういう風に結びついていくのだろうか。そもそも自分が自分に約束したことなんて意味を成すのだろうか。

こんな日誌、自分に向いてなくて、鶴の一声でもかかってきたら止められるだろうな。ここで笑いに伏せるより、そこで笑いに伏せた方が、ほんまもんの笑いでいいかもしれない。