未来の年表

みなさんこんばんわ。

今回はこの本を元ネタにして、いろいろ駄文を書いていく予定です。

最近のニュースに少子化がさらにすすんでいるというものがある。

以下のようなものだ。

ちょっと前まで、出生数が100万ちょっとだったのに、ついに90万人を割れてしまったのだ。これはかなり衝撃的なことである。

我々ひきこもりの大半はDNAを残すことはないと思うので、関係のない話のように思えるかもしれないが、関係はある。

なぜなら、子供が減っていくことで、我々の老後を支える社会保障費用の担い手もまた減っていくからである。

他人の子供に自分の老後を押し付けるなんて、非人道的ではないか!という声があるかもしれないが、財政的に厳しくなるまでは、現行制度が続くので、これはいたしかたないことだと思われる。

それに、どちらかというと、われわれを含む現役世代(40代以下)の社会保障は激減するわけで、未来の子どもたちといっしょに、莫大な負債を返済していくことになる確率のほうが高いのである。

そんなわけで、今回のシリーズでは、「われわれひきこもりが少子高齢社会を寿命までいきのびるためには?」というテーマを勝手にかかげながら、本書を読み解いていきたいと思う。

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テーマが興味深いですね!少子高齢化というただでさえ深刻な問題が「未来の年表」でもいくつか対応策も書いてはいるのだろうけど、「ひきこもり」に対応できそうなものはあるのか?楽しみにしています。

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第一回

「少子高齢社会とはなにか?」

まずは、「少子高齢社会」とはどういうものか?ということについて見ていこう。

みなさんも、少子化や高齢化というキーワードを耳にしたことがあるだろう。もう20年以上も少子高齢化という言葉は使われている。

しかし、とっくの昔に少子高齢化時代は終わりを告げているのである。今は少子高齢社会なのだ。言葉としては、「化」が抜けただけなのであるが、実態としては非常に厳しい状態にあると言える。

(国連の定義では、高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)7%を超えると「高齢化社会」14%を超えると「高齢社会」とされる。)

なぜなら、もはやどんな対策をとっても、少子高齢社会が多子若齢社会になることはないし、少子高齢社会にまつわるさまざまな問題が解決することはないからだ。

いきなり絶望的な結論を書いてしまったが、これは事実なので、受け止めてもらうしかない。非現実的な希望や夢を語っても、現実は変わらないからである。それよりも、現実を認識し、そこからどうすれば、マシな未来を生きられるのか?ということを考えていくべきだろう。

「日本の人口は2000人に!?」

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グラフにあるように、西暦3000年には日本の人口は2000人になってしまう。とはいえ、2000人になるまえに、普通に日本という国は消滅しているだろうから、このような推計に意味はない。

インパクトが強いので、著者も取り上げただけだろうし、世界人口は増え続けてはいるが、2050年あたりで頭打ちになるという話もあり、そうなると、世界的に少子高齢社会となっていくだろう。

世界の人口が減っていけば、いずれは若年層と高齢層の人口差が解消され、また人口が増えるようになるかもしれない。だから、日本がその時存在していれば、2000人になる前に、人口を回復させることができるだろう。

「人口減少カレンダー」

ひきこもり村の住民が何歳まで生きているのかは、人それぞれの寿命によるところが大きいので、自分には関係のない出来事も含まれてはいるだろうが、ざっと100年後まではこんな感じで人口が推移していく。

100年後でも、まだ5千万人もいるなら、ぜんぜん大丈夫じゃないか?と思うかもしれないが、少子高齢社会の問題は、人口が減っていくことだけが問題なのではなく、この国を支える国民の大半が高齢者になるところにあるのだ。

労働力が減り、高齢者が増えることで、さまざまなサービスが提供されなくなる。それが医療などの生命に関わるものであれば、大変なことになるであろう。

「おばあちゃん大国」

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グラフにあるように、今後は高齢者の高齢化が進む。

人生100年時代、生涯現役、などと政府は年金を払いたくないのか、高齢者になっても、働くように仕向けようとしているが、これはかなり難しいだろう。

中年ひきこもりのみなさまは、日々、老いを実感していることと思われるが、労働をしていないひきこもりであっても、日常生活がだんだん厳しくなっていくわけで、長年の労働負荷によって、身体&精神が蝕まれた一般労働者が老後も現役と同じように働くことはまず不可能であろう。

そういった、高齢者がさらに高齢化していくのが、2020年代以降の現実である。

社会保障財政的には、誰もが労働にいそしんで、保険料を払い続けなければならないわけだが、現実はだれもがひきこもるほかないほど、高齢化するわけである。1億総玉砕ならぬ、1億総ひきこもり時代の到来である。

さて、冒頭の見出しにある、「おばあちゃん大国」の話にうつろう。

結婚できない男というドラマがある。日本でも結婚適齢期にある男女のうち絶対結婚できない男が300万人はいるらしい。

生物学的には、男が少し多めに生まれてくるそうだが、昔は医療が発達しておらず、病気で若くして死んだり、争いも多かったので、無茶な行動をとりやすいオスが寿命を全うすることなく死ぬことで、釣り合いがとれていたようだ。

現代は、医療が発達し、戦争もあまりおこらなくなったので、男が余るようになった。(特に中国では、一人っ子政策によって、跡継ぎの男子以外は中絶するようになったので、現在3000万人くらい男が余っており、外国から嫁を誘拐したり、買ったりして、国際問題になっている。)

このように、若いうちは男が余っているわけだが、高齢者になった後はこれが逆転する。

総務省の統計トピックスによれば、高齢者のうち男性が約1500万人、女性が約2000万人と、500万人ほど上回っている。

このように、男性と女性の年収差には大きな差が見受けられる。年収の多寡は将来の年金にも反映され、長い老後の生活を支える生活資金が乏しくなる恐れがある。

もちろん、結婚をしており、配偶者がそれなりの正規雇用者であれば、遺族年金という形で、配偶者が死亡した後も、一定水準の生活レベルを保てる金額が支給されるので、生活に困ることはないだろう。

しかし、独身者が増え、子供をもうけない家庭も増えた現在、自分一人の収入を頼りに生きていかざるを得ない人も多いのではないだろうか?もちろん、これは女性に限らず、男性もまた同じことなのではあるが、女性と比較して、平均寿命が短く、正規雇用者の割合も多い男性が老後に生活困窮する確率は若干低いと思われる。

労働をしていないひきこもりは、労働者の男女よりも、老後に生活困窮する確率が高いわけだが、とりあえずは、国民年金を(親のカネでもいいので)しっかり払っておくことが、対策のひとつとして考えられる。

将来、年金はもらえないという話をちらほら耳にするが、国家には徴税権があり、国民年金の2分の1は税金によってまかなわれている。おそらく、今後税金の割合はさらに拡大することだろう。そうなれば、国民年金が支払われない確率は徐々に下がっていくに違いない。

もちろん、受給年齢の引き上げや、支給金額の減額などが行われるかもしれないが、まったく支払われないということはないだろう。

生活保護を受ければいいのだから、保険料など無駄金ではないのか?という意見もあるだろうが、国民年金受給者は生活保護受給者よりも多く、保険料を支払うことで、受給する権利を得ているわけだから、財政的に厳しい状況が到来すれば、世論は生活保護の廃止を優先する可能性が高い。

最終的には、どちらも税金によって、原資がまかなわれるわけだが、やはり保険料という出資をしたことにより、優先的に配当が支払われることになるのは、株式や債権と同じ構造であるといえる。

そして、年金において、最初にけずられていくのは、厚生年金部分であるから、(自営業者は一定の圧力団体としての力を持っているし、基礎年金部分はサラリーマンも国民年金と同じなので、手をつけやすい。)国民年金が減額されるまでにはかなりの時間があると思われる。

「第一回まとめ」

・高齢者が長く働くのは無理。

・今後、女性の高齢者の貧困が問題になっていく。

・ひきこもりは国民年金を払うべし。

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人口統計資料、インパクトありますね。。1000年後には日本なくなってるかもしれないのか。。苔む~すま~で~・・・。

しかし平均収入も男性は右肩上がりでピーク600万超えるのに、女性の場合、給与が300万以上は上がっていかないんですね・・・。これじゃ婚活で男性に収入を求めるのも致し方なしですね。。(勤続年数別の平均給与をみてみたら女性も上がらないことはないようだけど、差がひどい)

国民年金は障害年金でもあるので、なんとか払うか(親に払ってもらうか)、払えないとしても納付免除や納付猶予制度は申請しておかないとですね。。

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第二回

「インフラが大変なことになる。」

我々の生活を支える上下水道や道路などのインフラの多くは1960年代に作られた。2030年代には、その半数以上が建築後50年以上になるという。老朽化がすすむなかで、インフラ機能を維持するためには、多額の修繕費が必要となる。

しかし、高齢化がすすむ(特に地方は)地域は、修繕費を捻出するだけの財源を確保することができない。そうなると、廃墟ビルのような道路や橋が出現し、大きな事故につながる恐れもでてくるだろう。

ひきこもりの対策

基本的には、財政状況が厳しい自治体に住み続けるべきではない。できるならば、余力があるうちに都市部に移動したいところだ。とはいえ、住み慣れた地域から離れて生活するのは大変だろうし、なにより都市部での生活はお金がかかる。

当面は、現状維持を続けるしかないだろうが、親が亡くなった後は、地域へのしがらみもなくなり、お金もある程度、自由に使える状態になっているだろうから、その時脱出してもよさそうである。

親が亡くなるまでに移転先を調べておき、現地に滞在するなどして、下見をしておくと、いざというときにすぐ行動できそうである。

「介護難民が大量発生する」

少子化はもうどうにもならない。これから、日本の人口は減り続ける。少子高齢時代において、われわれが注視しなければならないのは、高齢化なのである。

世間は待機児童問題や、出生数90万人割れなどで、少子化に注意が向きがちであるが、どんな政策をおこなったとしても、(人権が重視されている以上、とれる政策は限られている。)急激に出生数が増えることは期待できない。

なぜなら、子供を産める年齢の女性の数が減り続けているからだ。いずれは人口減少も底打ちするだろうが、我々が生きている間は人口減少が続くと考えておくほうが無難である。

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そして、最大の問題は、人口が減り続けている中で、高齢化が進むことである。

出生数が増えることは、将来の生産人口が増えることであり、ポジティブなものと考えられている。一方、要介護者になるであろう、高齢者が増えることは、非常にネガティブなものであろう。

出生数が減り続けているのは、ライフスタイルの多様化など、社会の変化が原因かもしれないが、生物としての本能である、DNAを残すという行為が妨げられるほどに、文明社会は発展したのであろうか?

人間の本質、つまるところ、ハードウェアである脳は、1万年前とあまり変わっていないという話がある。基本的には生物とは、DNAの運び屋であり、DNAを次の世代に引き継ぐことだけが、生きる目的といえる。

しかし、人間は脳を著しく発展させ、神なる存在を創り出すまでになった。その創造力は、高い文明を生み出すまでになった。しかし、皮肉にも、そのことが、1個体でも生きていける環境を作り出し、DNAを残す必然性を失わせてきたといえる。(例えば、年金などの社会保障がなければ、老後を子孫に養ってもらうしかない。)

もちろん、DNAを残すことは強烈な本能なので、簡単には失われない。そのため、経済的に余裕があれば、自分自身という個体の生活満足度を下げることなく、他の個体を養うことができるので、出生数はもっとゆるやかに減少していたはずである。

つまるところ、少子化問題とは、経済問題であり、地球資源に限りがある中で、世界人口が増加していけば、一人あたりの資源配分は減ることになる。そうなれば、自分という一個体を維持するだけで、精一杯になるのもやむえないことであろう。

人の欲望には限りがないので、資源を巡って、争いがおこり、貧富の差はますます激しくなる。現代の格差社会は、地球資源の上限がある中で、人の欲望という上限のないものをもつ、個体が増え続けることにより生じたものであるといえよう。

欲望に上限がないとはいえ、ある程度の豊かさを得れば、人は不満足の中でもそれなりに生活していくものである。そして現代の情報社会は、現実に満たされない欲望をバーチャルリアリティという形で、満たしてくれる。それも無料に近い値段で。

先進国における少子化は、経済問題が原因であると同時に、文明の発展によっても、もたらされているといえるだろう。そして、発展途上国もまた、先進国に近づけば近づくほど、同じように少子高齢化が社会問題になることは、脳というたぐいまれなる創造性を生み出す装置を備えた人類という種の必然なのかもしれない。

さて、話を介護問題に移そう。

制度発足当初の2000年に3兆6千億だった介護保険の総費用額は、2025年には現在の2倍以上である21兆円程度にふくらむ見通しだ。保険料もうなぎのぼりに増え、2000年に月額2900円だった65歳以上の保険料は、現在5500円、2025年には8000円になると見込まれている。

2025年には要介護3の人が、現在の200万人から400万人に増大する。認知症患者も、現在の450万人から750万人程度まで増える見込みだ。

介護保険財政の破綻を回避すべく、政府は、特別養護老人ホームの入所基準を原則「要介護3以上」に制限したのに続き、サービスの自己負担上限の引き上げや、一定以上の所得のある人の自己負担を3割に上げるなど、サービスの縮小を行っている。

急増する要介護者に施設整備が追いつかず、特別養護老人ホームの入所待機者約12万人ほどにもなる。2025年には40万人に達する見込みだ。

問題は、介護施設建設の遅れだけではない。介護スタッフの離職率の高さから、慢性的な人手不足により、閉鎖に追い込まれる施設も存在する。2025年には250万人の需要が見込まれるのに、210万人程度しか確保できないとされ、受け入れ先が見つからない要介護者が増えていくだろう。

受け入れ先がないとなれば、最終的に要介護者のめんどうをみることになるのは家族である。

このように施設入居が難しくなればなるほど、家族による介護が必要になってくる。

介護サービスの利用者は200年の150万人から2015年の500万人へと、3倍ほど増えた。このうち特に増えたのが居宅サービスで、4倍になった。(97万人から387万人へ)

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このように、親の介護のために離職を余儀なくされる人がこれから増えていくことは確実である。離職した人が親の介護をすることで、介護士や介護施設などの介護資源の需要は一時的には減るかもしれない。

しかし、本来離職者が支払っていた介護保険料を含む社会保険料が支払われなくなることで、将来的には介護資源が目減りする恐れがある。税金でその穴を埋めようにも、離職者が厚生年金から国民年金に移行することで、将来の受給額が減り、生活保護の対象となる人も出てくるはずである。

そうなれば、介護保険と生活保護で財源を分け合う形となり、ますます介護資源が減っていくことになる。

そうなれば、いずれは介護費用が値上がりすることになる。その結果、ひきこもりである我々自身が親の介護をしなければならないことは確実であろう。

世間的にはひきこもりなのだから、親の介護ぐらいはすべきである。という声が圧倒的多数であろうが、果たして一般の人でさえ、自宅介護は難易度が高いものであるのに、メンタル面でいろいろな問題を抱えたひきこもりに親の介護が満足にできるとは思えない。

多少の想像力があれば、親を放置して、餓死させるか、介護疲れによって、無理心中を図ることになる暗澹たる未来が思い浮かぶはずである。

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ひきこもりの対策

ひきこもっているのだから、親の面倒をみるのは当たり前!と言ってくる世間の圧力に負けてはいけない。親が認知症やねたきりなどの素人では手に負えない状態になった場合は、自宅介護は不可能であると考え、なんらかの対策(具体的には施設介護)をとる必要がある。

問題は、介護認定が低い場合、施設介護を選択することができないことである。なにより、国はなるだけ介護認定を低くおさえて、介護資源を節約しようとしているので、施設介護を受けることが難しい状態にある。

だからといって、簡単に諦めてしまえば、介護殺人によって、親の人生といっしょに自分の人生も終わってしまうだろう。そうならないためには、親の介護ができる状態ではないことをアピールしなければならない。

ひきこもりの大半はメンタルヘルスになんらかの疾患があると思われるので、精神科または心療内科に通院することで、病状を証明できるようにしておくとよいだろう。

これはあまりおすすめできないが、最終手段として、アテクシが妄想しているのは、「親を車椅子にのせて市役所の福祉窓口に置いていく」という方法である。実に人非人的行動であり、保護責任者遺棄罪にも該当するので、逮捕されるリスクはあるのだが、背に腹は代えられない。

介護殺人を犯した後で、法定で涙の一つも見せれば、執行猶予がつくかもしれないが、なぜわざわざ殺人者にならねばならぬのか?親も殺されたくはないだろうし、アテクシだって殺人者になりたくはない。

そうであるならば、罵倒を浴びせられようが、逮捕されようが(保護責任者遺棄罪程度では起訴すらされないであろう。)姥捨て山ならぬ姥捨て市役所に置き去りにしたほうが200倍くらいマシである。(介護殺人比)

とはいえ、この方法も真似する人が増えてくれば、なんらかの対策がとられるかもしれないので、おすすめはしないが、やるならばなるだけ早く行う必要があるとはいえる。

第二回まとめ

・地方のインフラがヤバくなる。

・しょせん我々はDNAの乗り物にすぎない。(自動運転はよ)

・介護殺人より、姥捨市役所。

女性の社会進出やら働き方改革やらを政府は煽って、税金をしぼりとろうといろいろ画策してるみたいですけど、肝心の人口が減っているので、しぼればしぼるほど、税収も先細りになるだけなんですよね。

そもそも、女性が社会進出すれば、それだけ労働力人口が増えるわけで、労働力人口が増えるということは、賃金は逆に下がっていくんですよね。もちろん技術革新で生産性が上がれば、それだけ利益も増えるので、賃金も上昇していくのですが、人を安く雇えるのであれば、技術革新に高い費用をかけなくても、それなりの利益を出せるので、経営者としては、設備投資をする理由がないんですよね。

その結果、平成は生産性はあまり上がらずに、賃金だけが右肩下がりになっていくという労働者にとって厳しい時代になったわけです。

現在、人手不足が問題になっているようですが、失業者とは求職を希望している人を指すわけで、その背後に職探しを諦めた人=無業者が多数います。(ひきこもりも無業者といえるかもしれません。)

そして、人手不足によって、賃金が多少なりとも上昇することで、無業者が労働市場に流入した結果、賃金の上昇もゆるやかなものとなっているわけです。賃金がまったくあがらないよりかは、マシですが、家庭をもったり、ゆとりのある生活を送ったりするには、ぜんぜん足りません。

非正規雇用者は増え続け、正規雇用者は削減されるという時代の流れの中で、多少時給が上がった程度では生活の質が大幅に改善することはありえないでしょう。

この厳しい時代の中でいかにわれわれ引きこもりがサバイブしていくのか?未来予測をもとに、さらに考察を深めていきます。

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第三回

「ひとり暮らし社会が本格化する。」

現在日本では、人口が減少しているにもかかわらず、世帯数は増えている。

総数は2019年の5300万世帯でピークを迎え、2020年以降は減少に転じ、2035年には4900万世帯まで落ち込む見通しだ。

さまざまな理由でひとり暮らし世帯が拡大している。

要因は大きく3つある。まず、子供と同居しない高齢者が増大したことだ。65歳以上のひとり暮らし世帯は2035年には現在の1600万世帯から、2000万世帯へと膨れ上がる。65歳以上の世帯の実に70%近くがひとり暮らしか高齢夫婦のみの世帯になるのである。

一人暮らし世帯を増やしているもう1つの要因は未婚者の増加である。男女ともほぼすべての年代で未婚率が上昇している。50歳まで一度も結婚したことのない人の割合を示す生涯未婚率は、2015年には男性23.37%、女性14%に及んだ。家庭をつくらない人は珍しくなくなったのである。

たとえ結婚したとしても、長続きするとはかぎらない。離婚の増大もまた、ひとり暮らし世帯を増やす。これが3つ目の理由だ。1988年には1.26だった離婚率(人口1000人あたりの離婚件数)が、2002年には2倍近い2.30となった。直近の2016年は1.73と推計される。実数にして21万7000組となる。婚姻件数が62万組だから、単純に計算して「3組に1組」が離婚しているといえる。

「子供と同居しない高齢者の増大」「未婚者の増加」「離婚の増加」というのは、実は密接に関係している。未婚や離婚でシングルになった若者たちもやがて高齢者となるからだ。今後は、配偶者との死別や離婚に加えて、「若い頃からずっと独身」が増える。

とりわけ深刻なのが社会保障制度である。ひとり暮らしの激増を織り込んでいないからだ。地域で高齢者を支えるという現在、政府が推進しようとしている制度は家族の支えなしには機能しないものである。

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われわれひきこもりは生涯独身者がほとんどなので、老後は確実に一人暮らしになるだろう。

そうなったときに、お金があれば、高級老人ホームにでも入って、優雅な老後を寿命まですごせば問題ないかもしれないが、そうでない人のほうが多いだろう。

お金がなければ、社会保障に頼らざるを得ない。しかし、その社会保障は年々厳しくなりつつある。

「やせ細った若者が丸々太った高齢者をかつぐ」

若者3人が高齢者1人を支える「騎馬戦型社会」からいずれ、一人が一人を支える「肩車社会」へ転換するという話が語られている。すでに騎馬戦型は成り立たず、2.3人で1人を支えている状況にある。

2065年の生産年齢人口は4500万人と現在の約60%ほどに減る一方、高齢化率は40%近くにまで増える。

この問題の本質は、支え手の数が減ることだけにあるのではない。「肩車」の上に乗る高齢者の体重がずしりとのしかかるのである。高齢者の総数が増える分、年金や医療、介護にかかる総費用も上昇する。

75歳を超えると大病を患う人が増え、1人あたりの医療費が、74歳以下の5倍近くもかかるというデータもある。

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政府が目指している「中福祉中負担」は幻想にすぎない。社会保障サービスの縮小も、増税などの負担増も、経済成長も行政改革も、すべて同時にやらなければならないというところまで日本は追い詰められているのである。

「労働力人口の高齢化」

労働力人口は今後、減っていくだけでなく、その高齢化も進んでいく。

2015年国勢調査によれば、20から29歳が1259万人に対し、30から49歳は3372万人、50から64歳は2372万人である。年齢層すべての人が仕事をしているわけではないが、単純計算をすれば、すでに3分の1を50歳以上が占めている。

高齢化はさらに進み、2040年には50歳以上の占める割合が4割を超す。

高齢者は仕事に対する知識や熟練度は高いが、動きが鈍くなりがちであるし、新しいアイデアもなかなか出てこない。

そうなると生産性が低くなり、さまざまなサービスが廃止されるだろう。買い物や、介護者不足など、すでに問題となっている事柄についても、さらに深刻な事体になっていくはずだ。

「東京もやがて人口が減っていく」

昭和の時代、地方から東京を目指して多くの若者が上京した。戦後の高度経済成長はそのような若者の力によって成し遂げられたのである。

しかし、その若者も、すでに高齢者となり、要介護認定を受けている人も多い。現在でも、地方から東京への若者の流入はおこってはいるが、そのスピードは減少しつつある。

一方、逆に地方で一人暮らしをしている高齢者が、東京圏に住む息子や娘を頼って、同居や近居を選ぶケースが増えつつある。

団塊世代が85歳以上となる2034年には、80歳以上の人口が当面のピークである1630万人になると推計されている。この頃になると、東京に流入する高齢者はさらに増えているだろう。

一方で、大都市はビジネス中心のまちづくりをしてきた。その結果、介護施設の整備率は低いままであり、在宅サービスも十分とはいえない。

地方から人材をとことん吸い上げて発展してきた東京も人口減少時代においては、介護の人手を地方から吸い上げることは不可能になりつつある。

「地方からお店が消える。」

2030年には全国の80%にあたる38道府県で、域内の供給力では需要をまかないきれなくなる生産力不足に陥ると予想される。少子化に加え、若者の都会への進出が進むことで、地方での生産年齢人口が極端に減ることが主たる原因である。

生産力が不足すれば、住民の暮らしに不可欠なサービスも維持できなくなる。

国土交通省の「国土のグランドデザイン2050」が、3大都市圏を除いた地域において主なサービスごとに立地に必要な需要規模を、「存在確率50%」と「存在確率80%」という形で計算している。

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たとえば、食料品の小売店や郵便局の存在確率80%は500人だから、その人数規模の集落であれば事業は成り立つ。

一方、介護老人福祉施設では4500人の人口規模なら存在確率は80%だが、500人では50%、銀行は9500人の人口規模の自治体であれば存在するが、6500人になると撤退を始める。

「全国の住宅の3分の1が空き家になる。」

野村総合研究所の試算によれば、2033年の総住宅数は約7126万戸へと増大し、空き家数は2167万戸弱、空き家率は30.4%にまで上昇するという。

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空き家と聞くと、朽ち果てた一軒家のイメージが強いが、実はマンションも少なくない。総務省の分析では、2013年の空き家総数820万戸のうち、約60%にあたる471万戸がマンションなどの共同住宅だった。

マンションの場合、空き家が増えると管理組合が維持できなくなる。管理体制が悪化すれば借りても減る。

マンションの解体は戸建て以上に大変だ。建物が頑丈なために費用がかさむだけでなく、所有者の利害が複雑にからむからだ。

今後、空き家が増えることで、土地の価格が下がっていくことは明白である。親の持ち家に同居している人は、親が亡くなったあと、そこに住み続ける人もいるだろう。だが、たいていは一人暮らしにはひろすぎる家となっているだろうから、家を売り払って、もっと小さい家を買うか、賃貸アパートにでも引っ越す人がほとんどだろう。

しかし、土地の価格が下がることで、思ったよりも安く手放すことになってしまい、生活資金が少なくなってしまうこともあるだろう。

「ひきこもりの対策」

衣食住のうち、日々の生活において、最も重要となるのは、食事であろう。もちろん、住居も衣服もなければ困ったことになるわけだが、どちらも、すぐになくなるというものではない。

一方、食事は、缶詰やレトルト食品などを購入することで、ある程度、保存しておくことは可能であるが、月に何度かは買い物に出かけなくてはならない。(ティッシュペーパーや歯ブラシなどの日用品の購入ももちろん必要である。)

ひきこもりは基本的には外出したくない人が多いだろうし、年をとると、体を動かすのもおっくうになるため、買い物もできるだけ近場ですませたくなる。

そうなると、近くに、スーパーやらコンビニがないことには、日常生活を営むことが難しい。

都市部であれば、寿命がつきるまでは(お金も必要ではあるし、健康も大事である)それなりに快適な生活を営めるかもしれないが、地方では、上記で説明したように、地域の購買力が低下した結果、企業が撤退することで、日常生活に不可欠なサービスを受けられなくなる恐れが生じる。

親が亡くなったあとに、持ち家を売って、都会へ移住しようにも、空き家が増えた結果、買い手が見つからない可能性もある。

そうなると、サービスが低下した地域で寿命まで生活をしなければならなくなる。持ち家であれば、住居の心配はしなくていいわけだが、まとまった生活資金を得るチャンスもなくなるので、十分な金融資産がなければ、その後の生活が厳しいものとなる。

社会保障に頼ろうとしても、介護と医療に政府の予算はほとんど使われてしまうだろうから、最低限の生活を支える生活保護が大幅に削減される可能性がある。

なんとか、貯蓄などの金融資産と年金などの収入で、生活を維持できたとしても、健康は徐々に衰えてくるわけで、一人暮らしの生活をいつまで維持できるかはわからない。

もちろん、一人暮らしのお年寄りが増えていくなかで、介護のほかにもなにかしらの支援サービスが行政によっておこなわれる可能性はあるが、上記で述べたように基本的な医療と介護に予算が使われてしまうので、よほど裕福な自治体以外では、そのような一人暮らしの高齢者に向けたサービスが行われることはないだろう。(もちろん有料ではいろいろなサービスがでてくるであろうが、AIなどによって、サービスの自動化や合理化がある程度すすなければ、人件費が高く付くため、富裕層以外は利用できないと思われる。)

地方在住のひきこもりが生き延びるためには、できるなら早めに都会に出たほうがいいわけだが、頼れる人間や、すぐにでも雇ってもらえるようなスキルや、当面の間、十分に生活できる金融資産でもない限り、安易に都会に出ていっても、ホームレスになってしまうだけだろう。

ゆえに、現時点で、なにかしらのアクションをとることが難しい人は、自分が住んでいる地域について、いろいろと調べて見るのがよさそうな気がする。

たとえば、どのような高齢者向けサービスがあるのか?家の近くにスーパーやコンビニはどれくらいあるのか?地価はどれくらいか?交通量はどれくらいか?公共交通機関はあるのか?人口はどの程度なのか?

そして、10年後、20年後の地域で年をとった自分がどのような生活をおくっているのか?ということを想像してみることで、いろいろな案が浮かんでくるかもしれない。

現状ではベストな名案は浮かんでいないので、おすすめできる具体策を提示することは難しいが、実現可能、不可能にかかわらず、ブレーンストーミングのつもりで、いろいろな案を出していきたいと思っている。

第三回まとめ

・地方の人口減少が進むにつれて、いろいろなサービスがなくなる。

・東京などの都会においても人口減少が進む。そして、高齢者の数は地方よりも多くなるので、介護サービスなどは逆に都会のほうが受けづらくなるかもしれない。

・自分が住んでいる地域をさまざまな角度から調べてみよう。

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日本の未来は暗い!高齢化した男はみんな頭をハガして世を照らすか、悟りを開いて後光を射すしかないですね?

地方在住としては気になるところだけど、早めに都会に出たほうがいい理由が読んでもいまいちわかりませんでした。
地方にお店がなくなるといっても、飲食店は500人で80%存在確率があるなら、そこまで心配する必要はないのでは?健康を保つ必要はありそうだけど。。

ただお店自体にネットショップやメルカリなどの普及によって、人がどんどん行かなくなるから、物を売るだけのお店はどんどんなくなっていくって話もありますね。

とりあえず自分の住んでる地域くらいはもう少し散策してみたり、サイトみたりして知っていきたいと思います!