人が人を理解するのは難しい。
価値観の違いがあるし。
自分の価値観を理解してもらう1つの表現が創作かもしれない。
読み手が自分の価値観に反発するのもある意味、いい反応だ。
読み手の価値観を知ることができる。
卒業式の日、友達の毛糸の手袋の指が全部切り取られ、その友達の
机に置いてあった。その友達は理由もなく虐められていた。
何年経っても、友達の傷は癒えていない。
やった奴らは誰か分からなかったが、今なら半殺しの目にあわせてやるくらい
悔しい。助けてやれなかった自分も情けない。
自分も小学生の時は担任に散々イビられていた。
そこから人生のおそろしさを知った。
自分の作品は、まだまだ甘い。その人生のおそろしさを伝えていない。
身を削って描かなくては。
人生のおそろしさを描く事は勇気がいる。
まだまだ自分は甘いのか?
今は少しは克服したが、人の顔色をうかがう所があって、相手が自分を見て
表情を曇らしたり、疑うような目線を送ってきたりするのが
酷くつらい。だが、最近気がついた。相手がそういう表情をするとき、
自分も相手にそういう表情をしているのだ。相手は自分の鏡とか言うが
まさにそれだ。相手も自分が不愉快な表情をしたら、嫌に決まっている。
誰も相手に対して臆病なのだ。
登場人物を考える時、物語は主人公を決めなければならないが
見方を変えれば、その物語では脇役でも、違う物語では主人公なのだ。
世の中、百人いれば100の物語がある。
たった一回の人生なのに、人と同じではつまらない。
魅力のあるキャラクターは、自分の価値観で自由に生きている。
生き生きとしているキャラクターは、どんな環境でも輝いている。
苦しい時には、ノートに罵詈雑言を書きまくると、精神衛生上良いと
聞き、思いきり書いてみた。
後から読み返したら、自分の器の小ささにがっくりしたが
その自分の小ささに後から気がついた自分も
少しは成長出来ているのかもしれない。
こんにちは。
ニコニコ静画で漫画を毎週月曜に投稿しているものです。
皆さんの中で勉強出来ればなと思っています。
Taste_of_ironさん。はじめまして。UKと申します。
よろしくお願いいたします!
webに投稿なさっているのですね。
自分はアナログ同人誌で、漫画を描いています。
創作とかいろいろ、お話できると嬉しいです。
顔漫画なんて言葉がある。
登場人物の顔や上半身だけ描いたコマ割ばかりで
全身像を描かないで、ストーリーが展開するというもの。
これでは、読者も読んでいてつまらないだろう。
それと構図が単調で臨場感がないというものも
ある。自分もやりがちだが、立体的な構図(俯瞰、遠近法など)を
使わない漫画。
技術的なこともしっかりやらないと、ストーリーもつまらないものに
なってしまうだろう。自分も日々反省している。
昔の漫画は、弱い立場の人間や、つらい境遇に
置かれている人間が主人公の漫画が多かった。
そういう漫画に親近感や、勇気をもらっていた。
今の漫画は、リア充な登場人物ばかりで、
こんな漫画は、描きたくもないし、読みたくもない。
風邪をひいてしまった。気の緩みか。
週刊誌に描いてる漫画家って、大変だろうな。
仕方ないので、頭の中でストーリー練ってみよう。と言っても
顔がかっかかっかしてるなあー
こういうときは、布団で読書かな。
理屈屋UK、ぼやくなあ~
創作者でなくても、気にいってる漫画があったら
教えて下さい
自分の生き方を邪魔されるより、独りで生きた方が
楽。群れに入って、人の顔色を伺って生きるのは
もう嫌だ。鬱陶しいだけ。
ペンを握る。インクにペン先をつける。そっと原稿用紙に
ペンを置く。そして線を思いっきり引っ張る。
これが結構、快感。
描いているときは、現実の辛さを忘れるなあ~
現実に潰されそうな時は、描いている時間が長くなる。
リア充の奴等はそんな気持ちは分からないだろう。
現実逃避と嗤うのだろう。
でも自分がこうやって、描いている事は紛れもない現実だ。
こういう日は、トラウマが疼く。
友達だと思っていた人間に、送った手紙を全部捨てられ、
描いた漫画を「こんなの送りつけられて迷惑してたんだよ。
ゴミに出した」と言われ、こいつはもう終わりだなと思った。
人間は大学に行かなければダメだとか、まるでこれこそ
漫画みたいで信じられなかった。
愚痴ついでに、他の知り合いに「母親があの高校(自分の行ってた学校)の子
とはつき合ったらダメだ、って言ってた。」とケロリと言った。
そういう事を本人に言う神経が理解できない。
そういう人間はお勉強ができる。(ある程度は)
だが、はっきり言わせてもらう。
お勉強ができても、洞察力がない。
IQという知能指数が高くても、心の知能指数EQは低い。
この文章をひがみととって欲しくない。
この事があってから、友人を作るのが恐くなった。
今回は見苦しい文章ですみません。
トラウマUK
体調は回復したかな?季節の変わり目でちょっと体調崩しやすい時期ですよね。。
最近は、山本さほ先生のWeb新連載「きょうも厄日です」を読んでます。
漫画は書き手の考え方、価値観、願望が
ものの見事に滲み出る。
自分が漫画を描くのは、コンプレックスの裏返しかなと
正直思う。
と、同時に自分の漫画はこういうことを言いたいんだ、理解してくれる?
という手段でもある。
リアルでは自分は不器用で、相手に自分の思っていることを上手く
伝えられないので、創作しているのかもしれない。
今日は人生に絶望したかもしれないと思うと
自分は本を読みます。
必ず脱出する方法が書いてある。
そういう作品を描きたい。
コンピューターがプログラムした架空の空間を、あたかも現実のように
感じることを仮想現実とか言うらしい。
今の世界が仮想現実であるという、奇妙な理論があるらしい。
それを頭から否定するほどの知識がないので、偉そうな事は言えないが、
今、自分の手足でもナイフなり包丁なりで、切り刻んでみるがいい。
痛くてのたうちまわるだろう。恐ろしいまでの血が流れるだろう。
それが現実だろう。
プロの漫画家は、同時に2作も3作も描いているが
さすがだとは思う。
しかし自分は不器用なので、一度に何作も描けない。
1作に集中しないと登場人物に、感情が込められない。
プロは食うために描いている。
好きなストーリーを思う存分描いて、アマチュアで終わるか
売れるための漫画を描くか、どちらも個人の自由だろう。
趣味の域を越えて、アマチュアでも作品を追求する人もいる。
あくまでも出版社の要求に従って、描くプロもいる。このプロは
まさにプロ中のプロだ。
自分はどちらの人も尊敬する。
友人が言った。学校で出来た友達でなく、結構、歳がいってから出来た友達。
この歳になって、本当の友達が出来た。
その友人が言った。
「気力なくして、動けなくなった時、本当に人生終わるかと思った。
でも、残りの人生悔いなく生きたい。そう思ったら、開き直った。
何かしなければと。」
その言葉を聞いて、友人の行動力のスゴさの理由が分かった。
UKさんの漫画見てみたいな