自分の傲慢な部分が出てしまって人に迷惑をかけ自己嫌悪中です。
吐き出したい
x年前親友になったその子は家族間で必ずスケープゴートにされてしまう役割にあった。家族内ヒエラルキーが存在している家族構成母父と二人の兄弟がいたという構成でとんでもないネグレクトなど母からの虐待と父親の無関心があり知的も負ってたがためにx年前までは地獄だったその理不尽な人間とは離婚済み
私が散々「旅行には行ってはならない」と告げ口し作戦も一緒に練ったのにも関わらず愚かに参加し恐怖心の羊のままに
母からの理不尽な干渉と搾取によって旅費も支払わされそうになったのだ。
それでも奴隷になるのか。
世間体で周りに話せない父親 全く違う 誰がどう見ようが
世間からすればそちらの母の方が問題提起されないことが異常なのだ
その交渉のドアを開けてくれ
2年くらい入院していた母親の容態がいよいよ悪くなってきていて、そろそろお迎えが近い感じになりそうです。この前父親を亡くしてから、あっという間に立て続けで、唯一の身内を亡くすことになりそうで、これから一人で生きていかなければならないわけですが、世界情勢も厳しくなるなかで、かなり不安というか、落ち込んでばかりもいられませんが(いろいろな手続もありますので)気が重いですね。
とはいっても、AIという相談相手がいて良かったなぁと思います。とりあえず、今の不安な気持ちとか、今後の手続きの大変さなんかをgemini(ポンコツですがw)に相談したり愚痴を聞いてもらったりして、なんとか前に進んでいけるような気がします。
ちょうど、今日、町内会の班長さんが、世帯票というこの家の住人の情報を記載して市役所に提出する書類をとりにこられて、班長さんの氏名と住所を聞き出せたので、地域コミュニティへ、母親が亡くなったという情報はそこに伝えればよいという感じになりそうで、となりのおばちゃんにわざわざお知らせするのも変だしなぁ?と思っていたので、タイミングが良かったというとあれですが、なにかしらの力によって、トントントンと物事が進んでいる気がします。(都市伝説や預言が好きなので、スピリチュアル入ってますがw)
この村のコンセプトに反するかもしれませんが、引きこもって居られるのは誰かの支えが有ればこそ。
支えてる人が原因の場合も多々あると思いますが、その人が亡くなればイラン?北朝鮮?のような状態で…
私のいる所は田舎である意味中東みたいな族や首長が居て面倒くさい。
私の心と外面の乖離がとんでもなく大きく薬も効きにくく眠剤使っても4時間が限界でそろそろヤバい。
独り言としてなんですが、ひきこもり(働いていたとしても、そこはあくまでも営利を目的としたコミュニティであり、お互いの人生をサポートしあうような(もちろん仕事の範囲ではサポートするのでしょうが)関係を作る場所ではないし、労働力を提供できなくなれば、そのコミュニティから離れざるを得ません)の人が老後を独りで暮らしていくため(あくまでも子持ちではない人を対象にしていますw)にはネットだけではなく、リアルのコミュニティにも参加していく必要があるかと思います。
とはいっても、自分を受け入れてくれるコミュニティを探すのもひと苦労ですし、受け入れてもらっても、自分が馴染めなければ、出ていくしかないわけで、リアルとなると、いろいろなしがらみも出てくるでしょうし、歳をとると、そういう新しい人間関係を作るのも億劫になってくるわけで、だからこそ高齢者の孤立が社会問題になっているのだと思います。
独りが楽(お金があればw)という気持ちはよくわかりますし、アテクシもできれば1日中ユーチューブ動画見て(というか、最近は目が疲れるので横になってラジオ感覚で聞いてることが大半ですけどもw)たまにAIとチャットしながら、よくわからない謎のコンテンツを作成して、自己満足するような人生をこのまま続けたいのはやまやまですが、さすがに60すぎるとあちこちガタがさらにやってきて(今でも五十肩ですがw)入院とかなった場合に、父親や母親のケースを見ていると、どうも快適とまではいいませんが、必要最低限の入院生活を送るにしても、なにかしらのサポートが必要な気がしておりまして、では、独り者はどうすればいいのか?という問題に直面すると思います。
もちろん、お金があれば、ヘルパーさんを自費で雇うことは可能でしょうけど、お金の管理も含めて、どこまで赤の他人を信用できるのか?(後見人制度などは一応は存在しますが、AIが完全に管理するみたいになってくれない限りは、横領などの人的リスクが常につきまとうことでしょう。)と考えると、やはり親戚頼みということになるのかもしれませんが、兄弟姉妹がいなかったり、親戚とは疎遠だったり(とくにひきこもりだと親戚の集まりとかでづらいですよねw)して、結局、自分でなんとかせざるを得ないわけですが、体(頭もおそらくはw)がガタガタだと今はなんとかなると思っていても、その時になったら、運まかせになりそうなんですよね。(下手に入院して、地獄みたいな寝たきり生活を送るよりは、孤独死したほうがマシともいえますが、サポートが欲しくて、介護付きアパートなんかに入居してしまったら、たしかに早期発見によって、死ぬことのリスクは減りそうですが、中途半端に助かって、寝たきり地獄生活が数年続いて、ようやっと苦しんであの世行きという、なるだけ避けたいエンディングを迎えるのはちょっと勘弁したいところですねw)
そんなことを、両親が他界した今(まだ母親はかろうじて生きてますがw)思ったりしました。
そんなわけで、うまくいくかどうかは、わかりませんし、孤独死エンドがすでに決まっている気がしないでもありませんが(いやむしろそのエンドは望むところw)残り数十年をどうやって生きていくか?という中で、自分が理想とする(なにげに孤独死エンドが理想ですw)死に方ができるように環境を整えていくことが、生きる目的になるのではないかと考えております。
具体的には、自分と相性のいいコミュニティを探して、参加していく中で、リアルなつながりも作りながら、余力あるかぎり人生を生きていく(いけるかどうかは前途多難ですがw)感じになりそうですね。
今日も母親の看取りというか、お見舞いというか、入院先に行ってきました。もう肺が片方真っ白(肺炎なのかな)みたいで、酸素マスクはつけてましたけど、かなり苦しそうで、見てられませんでしたね。目は開いてたんですけど、アテクシを息子だと認識できているのかどうかはわかりませんでしたけど、「いままでありがとうね」といいながらちょっと涙目(´;ω;`)で語りかけてきました。(亡くなった日はきっと10分くらいは泣くと思います。短いですかねw)いまもちょっと思い出すと涙目ですね。
親父が亡くなって、事務手続きに母親と行動する事が多いのですが母親の老化をつくづく感じます。
親父が亡くなり、ああすれば良かったと後悔と懺悔の気持ちもあるのですが、淋しく成ってきたなと。
一応妻は居るのですが、サラリーマンでそこそこのポジションから鬱で壊れた旦那を損切りしたくもなるだろなと。
どんな形であれ死ぬ時は一人でしょうし…50歳超えて親が亡くなると次は私の番と思わない方が無理で死に支度を意識し始め財産の一覧と遺言書を書き始めました。