季節の変わり目のせいか
頭皮が乾燥して痒い
キュレルの頭皮保湿ローションを買ってみた
効果あるといいな![]()
自分が逢いに行って、それを喜んでくれる人がいる。
それはとても有り難いこと。
今の環境はそんなところかというと△。
自分が人を喜ばせられることってなんだろう。
辛い時は物語が支えになることがある。
言葉や意味がその人にとって大事であれば大事であるほど、言葉で傷つきやすいのだと思う。
夜は蝉の声が聞こえなくなってだいぶ秋めいてきた。
降りる駅になっても爆睡してる高校生を起こしてあげた。
ひとりごとのトピックに書いたつもりが間違えてました!
朝は頭が寝てるから仕方ないね!
今日も外出できなかった
外の空気と光を浴びたほうが、気持ちが安定するのに
どうしていけないのかなぁ
昨日の自分もそんな感じで日中に外出できませんでした![]()
やった方がいいと分かっていても出来ない時ってありますよね。。
自分の場合、食後の散歩をした方が調子が良くなりやすかったのですが、外が暑かったり、そもそも外に出るのが億劫な時はYouTubeの食後の血糖値安定に効く体操で代用OKにしました。やった方が良いことがどうもやる気になれない時の代用行為を模索するのもいいかもしれません。まあ、それすらも億劫なぐらい不調な時もありますけどね笑
もしアドバイスとか他の人の話を求めてなかったらスルーしてOKです![]()
haruさん、ご返信ありがとうございます![]()
どうしてもできない不調のときに、自分を責めても苦しくなるだけですもんね。
家の中でもできる、気分転換を探したいと思います。
家の中にずっといると閉塞感?にやられてしまうので、自室の窓を開けて空気を吸うとかもいいかな?なんて思います。
(猫を飼っているため、猫がいるとこでは窓を開けられないので)
ありがとうございました![]()
今からやってみます![]()
人より遅いスピードでしか前に進めなくて焦ってしまうこともあるけど、自分のペースでやっていくしかないのだ。
焦ったところで進むのが早くなるわけでもなし。
自分の投稿を振り返ってたら、やっぱり調子の波ってあるんだなって感じた。なんであの時は調子良かったんだろうって思ってたけど、強いていうなら試行錯誤の結果かなと。ひき村にはおもしろく書いてることもその時のチャレンジとしては「上手くいかないことがわかった出来事」なんだけど、その旅路で見つけたおもしろポイントを書き込めたんだよなあと改めて思った。
そんでこのネタバレ考察の文章もその後の自分に影響を与えてたんだなと思った。今ここさえ良ければいいというのは頭で考えた場合の話で、マインドフルネス的に心身の感覚で今ここを感じていれば世の中は良い方に回るんじゃないかなぁ。
急に具合が悪くなるで指摘されていた「今/ここ」って時間軸と物理的な今ここであって、マインドフルネス的な今ここは主観で感じることが出来る今ここ。前者は不登校をなくそうとするけど、後者は「不登校でも本人が幸せならいいんじゃないですか?」と言葉にはしないかもしれないけど受け容れるスタンス。
あるアーティストに興味をもって、いくつかの代表作に触れるけど、あんまりピンとこなくて見切りをつけることはよくあると思う。だけど、しばらくしてからそのアーティストの触れなかった作品を何かの縁で触れてみると「この人こんな作品も残してたんだ」って感激することが稀にある。たくさん作品を残してるアーティストほどそういうことはあるよなあ。
展示が可能な芸術作品は美術館などでまとめてその人の色んな作品に触れることが出来るから琴線に触れた作品だけじっくり鑑賞することも出来る。でも、音楽はそういかず全ての作品を聴くのは大変。映画などの映像作品もそうか。あと、本なんかも。
人なんかその極みかもしれない。人の一面は全てを把握するのが困難なほどあるんだろうし、関係性を築かないと見ることができない部分も多い。ぱっと好き嫌いを判断出来るのは見た目とか本当に表面的な部分だけ。
無性に腹が立つことがあって、この怒りのエネルギーを昇華しようとカラオケに入った。十八番の青空は気持ち良く歌えたけど、それ以外は上手く歌えず。相変わらずカラオケは苦手だなぁ。好きな曲、歌ってみたい曲と上手く歌える曲がズレてる。恥ずかしかった。タイミング良く(?)機材トラブルが起きたので、店員さんに「すいません、出ます」と言って、店員さんに申し訳ない気持ちにさせたかな、悪いな、まあ、いいやという気持ちでそそくさと退散。
まあ、苛立ちはある程度発散できたのでいいか。
俺は正直、人の喜びよりも苦しみや悩みに興味がある。
人のそういう部分を聞くと「そうだったんだ」って一種安心する。
怒ってる人は「なぜ?」を知りたいと聞いたことがあるけど、俺は世の中へ一種怒りがあって、人の悩みはその怒りを癒すからかもしれない。
オアシスは安心感があるなあ。
大丈夫だ。気楽にやろうぜ。って頼もしい感じ。
めちゃくちゃなはずなのに大丈夫な気がする。
怒ってる時は自分でもなぜ怒ってるのか、その本質をよく分かっていないのかも。
例えば、ある人から強い口調で注意されて腹が立ったとする。でも、なんでそんなことでそんなに強く注意されたのか分からない。納得いかなくて腹の虫が治まらない。そんな時に実はその注意してきた人はその前に物凄く辛いことがあって、それを我慢していたと知る。もし、同じように辛いことを我慢して、その我慢から些細なことで別の人につい強い口調で注意するという経験をしていたら、ああ、ああいうことがあの人にも起きてて、俺はそのとばっちりを食らったんだなとそこで初めて怒りが落ち着くこともあるかもしれない。
サカナクションの山口さんが機嫌の悪い人がいたら「ああ、この人はうんこを我慢してるんだな」って思うようにしてるって言ってたけど、それはうんこを我慢して機嫌が悪くなる経験を山口さんがしてたからかもしれない笑
的外れな批判ほど聞く価値のないものはないなあ。
自分はそんなとき、機嫌が悪い、気分が悪いを伝えるコミニュケーションが大事だなって思ってました。(後でも先でも)
けど状況や相手によってできないこともあって、なので、相手が糞我慢してる人間だと思うのいいですねにこにこ
ちょっとはるさんの言いたかったことじゃない気がしたけど自分の知ったこととして置いときます![]()
それ、自分が苦手なコミュニケーションかも笑
今日も会食中に疲れてるせいか楽しめなくて無理しててたんですけど、疲れてきたことを言い出せなかった。
機嫌が悪いことを自覚してるだけでもだいぶ違うけど、それを周囲に伝えられたら更に良いですね。