あなたは、人生において、困難さや障害を抱えていませんか?
ここでは、少しでも改善していけるように自分のことを客観的に分析してみましょう。
他の人から助言を頂けることもあればいいなと思います。
また、困難さで困っているのは自分だけでないと知ることができるかもしれない。
さらには、同じ困難さで悩んでいる人が見つかるかもしれません。
私は発達障害なのか?
私は精神科病院に通院していますが、そこでは双極1型と診断されています。ここ数年は、大きな波はなく、特に問題なく暮らしていて、社会との接点もありますが、依然として友達と呼べる人ができません。ネットで募集されていたサークルなどに参加してみたこともありますが、他の普通の人と自分には何か違うところがあり、積極的にコミュニケーションを取れないという問題がありました。そもそもコミュニケーションが取れないことの方が本質なのかもしれませんが、その普通の人とは違う感じは発達障害が関係しているのではないかと思っています。
ただ、ネットや一般的な発達障害関連の書籍に載っている、発達障害の特徴には、私はそんなに当てはまらないです。
例えば、ASDの典型的な3つの特徴、強いこだわり、興味の限局性、社会性の問題、これらにはとくに自分は当てはまらないように感じる。こだわりなら誰しも持っていると思うけど、ASDのこだわりとはちょっと普通のこだわりと違うようだ。例えば、学校までの道順を細かに決めていて、その通りにいかないとパニックを起こすという人がいると聞いたことがある。
それでは、ADHDの特徴はどうだろうか。ADHDには注意、衝動、多動の特性があるという。私は双極症であるので、衝動や多動という症状が出ることもあるけれど、一時的なものである。それはADHDの症状というよりは双極症のそれだという風に認識している。また、仕事をはじめても、ADHD人にあるあるのうっかりや忘れっぽさなどは今のところなく、大きな仕事上のミスもなくやれている。
最後に、LDに関してだけど、自分はLDには当てはまるのではないかと考えている。と言っても、子供時代に問題が表面化せずにいたのは、症状が軽度だったからだと思う。軽度学習障害なのではないかということだ。軽度学習障害なんてのはちゃんとした病名なのかはさておき、自分の抱えている症状は、主に、識字の問題、表出性言語の問題である。もう少し具体的に言うと、文字のデコーディングの弱さ、文字の音がなかなか出てこないという症状がある。また、表出性言語の問題とは、言葉を組み合わせて、話をする、説明をする、ということがとても苦手であるということだ。LDの広義の定義は、話す、書く、読む、計算する、などの活動のいずれかに支障がある障害だと認識している。
まだ、深堀りしたいけど、今日はとりあえずここまで。
トピ立てありがとうございます。
良い機会なので私も自己分析を書いてみます。
双極性障害と神経症(対人恐怖症)が私の人生をかなりハードモードにしました。
双極性障害は、気分安定薬の服薬に加え、躁状態でもうつ状態でも一定のリズムですること(特に睡眠時間)、定期的に運動することで、ここ数年は何とか動ける範囲のうつ状態で抑えることに成功している。
対人恐怖症は、うつ状態と連動して特にひどくなるので、うつ状態を深刻化させないことで対人恐怖症も緊張レベルで何とか過ごせている。とはいえ、以前モンハンワイルズのOBTをやったとき、気軽に救難信号を出せなかったため、対人恐怖症の一種だと思われるマルチプレイ恐怖症は依然強く残っている。
協力プレイで足をひっぱることを極度に恐れ、ゲームでさえ深刻になってしまうためだろう。
というわけでモンハンワイルズを楽しめない世界線にまたいるけど、最近はゲームをする時間も自然とかなり減っているので、自然な流れかもしれない(祭りに参加できないのはゲーム好きとしては寂しいけど)
と、自己分析が病気分析が中心になっていることに書いていて気づいた。それだけ病気やひきこもりが自己と離せないほどになってしまっている。いずれそれらにも執着せずに自由に、もっと気楽にいきたい。
良い機会だから書いてみよう。
精神症状として最初に表れたのは、なんというのか、強烈な不信感だった。
他人の言ってることも、家族の言ってることも、果ては自分の言ってることにもいちいち論理で筋が通るのかどうか気にしていた。確かめないと、嘘の情報で時間を浪費しちまうと思っていた。といって、別にところかまわず質問責めにしたり論破したり(←あくまで自分勝手な論理の下ではあるけれど……)するような凶暴性はなかったと思う。
強迫性障害なんて言葉も知らなかったし、精神科にかかるってことも思いもつかなかったし、ただ単に自分がちょっと変なだけだと思っていた。
そんなふうに過ごしていれば、当然どんどん精神的負担は増していく。友達と話していても、何ひとつ信じられなくなってくる。『あのゲーム良かったよ』『あの新商品美味い』『好きです』
信じられるものか。と思った。
「どいつもこいつも口だけ回って、芯のねえやつらだ。ぶちころしてやる。」などと勝手に考えて毎日暮らしていた。しかし表面上はいつも通りを心がけていたから、いざ限界になって引きこもるその瞬間まで家族ですら気づかなかったらしい。
↑家族にも気づかれなかったのがむしろ良くなかった。
僕は家族すら全然信じられなくなった。人間が触れるものが汚いと思った。自分の体が汚いと思った。手や体を洗う時間が増えた。増えた。増えすぎた。
自分を洗うために生きてるみたいだ、それくらい時間をかけてた。さすがにおかしいと思っていろいろ調べて。重度のOCDだと判断して精神科に行った。素人の僕の診断なんだから、間違ってるかもな。なんて思いながら問診票を書いた。病院で渡された鉛筆が穢らわしくて、あとで風呂、と思うと面倒で憂鬱になった。
医師は強迫性障害だと診断を下した。辛抱強くじっくり治療していこうと言われた。
病気だと正式にわかって、すこしほっとした。こんなにオカシイのにはちゃんと理由があったんだな。と思った。
だってのに家族はいまだに精神病というものを受け入れようとしない。
―
まって、ここまで書いておいてなんだけど、客観的に見直そうってトピックじゃないか。これだから読解力の勉強がいるんだよな僕は。
ぜーんぶ主観で書いちまった
まあ、とりあえず。
『人間というものをもうすこし信用しないと、僕はいつまでも精神症状に悩まされるでしょう』
ということなのかね。
僕の症状の本質がそこにあるような気がしている。
客観視か。
他人が自分と全く同じことしてたらどう思うかって考えればいいのかね。
・汚くないと頭では分かっているものの、他人の触ったものが汚く見えて、過剰に、実に過剰に避けてしまう。
・十年以上、歯ブラシを口に入れられなかった。汚染されるような気がした。
・病気になってから今まで、手作りの料理が食べられない。無理して食べると吐く。
・トイレに行くのが苦痛。回数を減らすために食事はほとんどとらない。一日1200kcal程度。
・トイレに行く時間がズレると洗浄時間が増えたり減ったりする。ストレスになるので毎日同じ食事を同じ時間に摂る。トイレの回数も固定する。
・風呂に入るのが苦痛。数時間ずっと注意深く気を張らないといけない気がする。なにかミスればやりなおす。風呂自体の回数を減らすために『汚染』から遠ざかる生活。自分の部屋のベッドの上から出たくない。
・ベッドの上でも安心できない。とにかく頭や口に汚染を近づけたくない。布団は腰までしか掛けられない。
・寝返りがストレスすぎて、無意識にも寝返りをうたなくなった。暗殺者かよwww
・↑すべての合間にアルコール洗浄をちょいちょい挟む。金かかってしかたねえ。自分自身をぶちころしたい。
うーん、箇条書きすると、うん。
ゆっくり治療していきましょうね
って感じだわね(笑)
―
僕も今書いていて気づいた。
なんてこった。
引用したら自動的にKeitokuさんへの返信になってしまった
以後気を付けます。
↑という編集を追記しようと思ったのだけれど、Discourse氏、URLが存在しないなどとエラーを吐く。
(。´・ω・)なぁぜなぁぜ
よく考えたら一人ひとりの人生はそれぞれ個別的なものでユニークなものなのだな、と当たり前なことに気づきました。「同じ困難さで悩んでいる人」と書いてしまいましたが、簡単には「同じ」なんて言えませんよね。反省します。
続き。
自分は典型的な発達障害、俗に言う「どアスペ」とかではないけど、学習障害とは関係がありそうで、先に言ってしまうと、ASDにも関係があるんじゃないかと思っている。
発達障害の人は前頭葉の機能が弱いためか、ワーキングメモリが弱い傾向にあるそうだ。ワーキングメモリとは、認知活動を行う上で、情報を一時的に保存して操作したりする時に使われる記憶領域のことだと認識している。簡単に言えば、暗算をするときや、会話をする時に言葉を組み立てたりしてる時に使っている作業記憶だ。
僕もワーキングメモリが弱いと自認している。会話はまともに流暢に話せないし、人から言われたことも、聞いたそばから記憶から抜け落ちていくときもある、いつもではないけれど。また、ワーキングメモリが弱いと、気が散りやすくなるそうだ。もちろん私もかなり気が散りやすい。
発達障害だと、ワーキングメモリが弱い傾向があるようなのだ。だからといって、ワーキングメモリが弱いと発達障害だとまでは言えないだろうけど。話は脱線するけど、気が散りやすいという性質は、必ずしも悪い特性とは言えないようだ。気が散るということは、いろんなことに気がつくということでもあるからだ。また、気が散ることが創造性とも関係しているのではないかと僕は睨んでいる。感受性というか感覚が様々なものを受け取っているからだ。まぁそれだけ疲れやすいということでもあるのだけれど。
また、これは質問サイトで、発達障害当事者でかつ、大学院で臨床心理などを勉強したという人から聞いた話なのだけど、彼女によると、彼女が社会に出て心理学関係の職で働き、出会ったASDの人たちの全てではないが、考えを言語化して話すことに困難さを抱えている人たちがいるというのだ。具体的に症状をいうと、考えをまとめて言葉にするのが難しい、言葉がたどたどしい、しどろもどろになってしまう、などだ。彼女自身がASDであり、同じ症状を抱えているそうだ。彼女いわく「みんなスムーズに喋れるなんて、天才なのか!?」「大学を出て努力すれば、私もみんなのようになれるのでは?でも大学院まで出たけど、そうではなかった」だそうだ。とても貴重な体験談だと思う。
ある精神科医は・・・もっとも、信じるに値するかはさておき・・・、「HSPという言葉は必要ない、彼らはグレーゾーンアスペルガーだからだ」と言っていた。ASDという言葉があるのにアスペルガーといったりするのはどうなのか、とも思う。また、グレーゾーンは医学用語なのか?聞いている感じからすると、グレーゾーンアスペルガーとは「その傾向があるけれど、医学的な診断が下るまでには至らない人々のこと」なんだと思う。自分はおそらく高確率でHSPだと思うし、ここの掲示板に来ている人の中にもHSPの人は結構いそうだ。もし、彼(精神科医)の言うことが正しいとすれば、やはり自分はASDとある程度関係しているのだということになる。そういう意味で「HSPはグレーゾーンアスペルガー」という発言はとても私にとってインパクトがあるものだった。
仮に自分が発達障害グレーゾーンだったと仮定する。今の主治医は、発達障害専門ではなく、何度も訴えたけど、僕が発達障害であるという判断に対して否定的だ。それはそうだ。典型的な発達障害ではないし、仕事も大変さはあれどやれている。大きなミスもない。だけど、自分が困っているのは発達障害由来の症状なんだという結論に今は至っている。
岡田尊司さんの本に重要なことが書いてあったので、ここに記しておく。
「なぜなら、大事なのは障害か障害でないかを区別することではなく、その人の強みや弱い点をきちんと理解し、適切なサポートやトレーニングにつなげていくことだからだ。」『発達障害グレーゾーン その理解と克服法』
アテクシも「ケーキの切れない非行少年たち」っていう発達障害ゆえに、非行に走って、少年院に入ってる子どもたちのサポートをしているお医者さんが書いた本を読んでいるのですが、(キンドルアンリミテッドで無料だったので)そこでも、認知能力の弱さが非行につながっていると書かれてあって、そのためのトレーニングが必要であるということが力説されてありました。以下引用。
学習の土台にある認知機能をターゲットにせよ そこで、ワーキングメモリを含む認知機能向上への支援として有効な、「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」についてご紹介したいと思います。このトレーニングは医療少年院で約5年の歳月をかけて開発され、一定の効果がすでに得られているものです。 コグトレは、認知機能を構成する5つの要素(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断)に対応する、「覚える」「数える」「写す」「見つける」「想像する」の5つのトレーニングからなっています。教材はワークシートを利用し、紙と鉛筆を使って取り組みます。
宮口幸治. ケーキの切れない非行少年たち(新潮新書) . 新潮社. Kindle 版.
障がい者向けの事業所でもいきなり、仕事を覚えさせるのではなく、まずWAISみたいな検査を受けさせてから、問題があるようであれば、デイケアのようなところで、こういう訓練をしてもらってから、事業所なり就労支援なりの次のステップに進むことができれば、途中で挫折する確率も減るんじゃないかと思いました。
ウェクスラー式知能検査における4つの知能の指標。
①言語理解
②知覚統合
③作動記憶
④処理速度
説明
①言葉を使って物事を理解し表現する能力
②視覚情報を正確に理解し表現する能力
③聞いたことを短時間記憶して操作する能力(聴覚ワーキングメモリ)(視覚ワーキングメモリもある)
④視覚情報を正確に捉えて素早く処理する能力
例
①文章の読解力や言語表現力に関係する
②パズルや数学が得意だとこの指標の数値が高くなる。将棋や囲碁などのボードゲームの能力とも関係する
③話を聞き取ったるするときの能力に関係、また、自分が言葉を組み合わせて話す時の能力に関係する
④おそらく視覚情報を使う課題を提示された時にどれだけ速く解けるかに関わる能力に関係する
自分は①言語理解は平均的ではあるが、学習障害の気があるので、低めかもしれない。正確には、理解することはできるのだけど、理解までに時間がかかる。②知覚統合は平均以上だと思う。将棋や囲碁をやっていたし、数学も中学までは得意だった。③作動記憶について聴覚ワーキングメモリに限っては弱いと思う。言われたことをすぐ忘れてしまう。トレーニングが必要だ。④処理速度はどうか、そんなに頭の回転は速くないというか遅い方なので、この指標は低いかもしれない。
まとめると、1234の指標を並べて棒線で結ぶとNを斜めにしたような形になると思う。これは学習障害の人に多いようなグラフの形らしい。
ちなみに、文系ASDの人は知覚統合が弱い傾向にある人が割といるらしい。要は、イメージで情報を把握したり関係を見出したりするのが苦手なタイプ、閃きやイメージ力が低いタイプだ。ASDは記憶力が良い人が割といるので、学校の成績は良いこともあるのだけど、知覚統合が弱いと、記憶や公式で解けないような、要は地頭を使う問題が苦手な傾向があるらしい。
まさにアテクシは文系ASDにぴったり、当てはまってる気がします。数学が苦手なんですが、解法パターンを覚えて、同じパターンの問題を解くみたいな感じならまぁ、解けなくもないのですが、ちょっと趣向を変えた問題になると、途端にお手上げになりますね。ようは、応用力が効かないんですよね。
第二次産業が日本のGDPの大半を占めていた時代であれば、そういう人もパターンを時間を掛けて覚えることで、なんとか適応できていたと思うのですが、IT時代に入ってから、急速にパターンの変化速度が早くなって、しかも工場自体が海外に移転してしまったので、やむなくコミュニケーション重視の第三次産業につかざるを得なくなったわけですが、1と3の水準が高ければ、口八丁でなんとかやりすごせそうな気もしますけど、この片方または両方が弱いと、対人関係に支障をきたして、就業を継続するのが難しい気がします。
2が優れている人は、1と3が壊滅的でも、2000年代に入ってからは、情報産業や金融産業が世界のGDPの大半を占めるようになったので、そこで数学的才能を活かして、高い年収を得ることが可能となり、私生活が幸せかどうかはともかく、(社会的動物である人間の幸せは物質やお金で満たされず、人間関係の中でしか完全な満足を得ることができないといいますので)生きてはいけるんですよね。
つまり、20世紀までは、1234が平均以下の人でもそれなりの収入と居場所を得られたのですが、21世紀に入って、加速度的に情報産業社会が進展していくなかで、平均よりちょっと上の人でもついていけない世の中になってきている感じですね。
ワーキングメモリの鍛え方
ワーキングメモリは単なる記憶力ではない。情報を一時的に保持して操作するものだ。パソコンで言えばCPUに相当する。
ワーキングメモリを鍛えると転移効果と呼ばれる、他の能力を高める波及効果がある。
訓練法
- 暗唱訓練
- ディクテーション
- リピーティング
- シャドーイング
説明
- 文章を読んで、それをそのまま覚えて暗唱する。その場合、一語一句正確に言うことにこだわる必要はない。正確に言うことにこだわるとワーキングメモリではなく短期記憶の訓練になってしまう。
- 聞き取りながら書き取る
- 聞き取った文を繰り返す。
- 聞き取りながら同時に声に出して繰り返す。
自分は発達障害かどうかは微妙なところ、今のところそうとしか言えないが、もしかしたら、まだ未知の人を分類するカテゴリーがあるのかもしれないと思った。生きづらさを感じていても、それが何に由来するものなのか特定できないのは、まだ、その何かが学問上、発見されていないからかもしれないと。さらに医学や脳神経科学が進歩すればわかってくるのかもしれないなあ。
今、吉濱ツトムさんの『ブレイン・マネジメント』を読んでいます。
正直、吉濱氏はスピリチュアルの人間だし、地震予知とか、UFOを呼ぶとか、最大の波動上昇が訪れたとか、とか、あやしい人物なんじゃないかと思っているのだけど、この著作は結構まともな事が書いてあります。
もちろん、スピ系の話題は一切出てこない。
本の内容を要約すると、
①脳は鍛えれば機能を向上することができる
②一般的に頭が良いと言われる人は前頭前野の機能が高い
③逆に、発達障害の人は前頭前野の機能が弱くなっている
④前頭前野の主な機能とは4つある。ワーキングメモリ、注意制御機能、メタ認知、no-go抑制機能
これらの機能は独立して働いているわけでなく、お互いに重複していたり、補い合ったりして働いているそうだ。
興味深いのはワーキングメモリについての説明だ。一時的に情報を保持して操作するのがワーキングメモリの一般的な働きだとしているが、それだけではなく、ワーキングメモリは情報検索にも関与しているそうだ。パターン認識によって長期記憶から現在の状況に適切な情報を探し出す機能を担っているのかワーキングメモリ。
要は、老化などで言葉が瞬時に思い浮かばなくなったりするのはワーキングメモリが弱くなっているからかもしれないということ。これは喋るのが極端に苦手な僕にとっては救いの報せだ。
『ブレイン・マネジメント』は発達障害の人向けでもあるけれど、一般の人が読んでトレーニングしても役に立つものだと思う。
以前、脳科学者の加藤俊徳さんの本を一つ読んだのだけど、あれは、一般の人向けに書かれているものだと思う。
発達障害の人向けに書かれた本を探していたのだけど、この本はあたりだと思いました。
吉濱氏の文章は読みやすいし、クレバーな感じがしますし。
最も、自分が発達障害の傾向があるから、アスペルガーの彼の書き方に親和性を感じるのかもしれないのですが。
吉濱ツトムさんの「ブレイン・マネジメント」に興味が出てきたので、図書館にないか調べたのですが、なかったので、代わりにというか図書館にあった「アセンションか滅亡か」を読むことにしました。(同じ著者の発達障害系の本もあるにはあったんですけど、どうしてもこっちの本を先に読まねばならない運命みたいなのを感じたので、こっちを読むことにします。というか、人気があるのか、予約待ちだったので、予約しました。)
というか、未来預言系の本としては、「神々のアジェンダ」をまだ読んでる途中なので、こっちを先に読み終えたい気持ちはあるのですが、次から次に読みたい本が出てくる一方、加齢による老眼と脳機能低下によって(これは加齢だけが原因ではないのだろうけどもw)長文を読むための集中力が続かないので、なかなか先に進みませんね。
洗濯機が壊れて、コインランドリーに洗濯に行かなければならなかったのだが、やってしまった・・・(ので、本当はやっちまったトピックに書くべきなんだろうけども、これはアテクシの障害というか、性質というか、一般的にはたいしたことがないと思われるような事象であるため、自己分析も兼ねて、こちらに書くことにする。)
やっちまったこと、というのは、コインランドリーは不特定多数の使用する、いわば公共施設のようなものなので、洗濯が終了した洗濯物については、速やかに回収する必要があり、次に使用する人がいる場合、前の人の洗濯物が断りなく撤去される可能性がある。(そのことについては、コインランドリーにある机の上に大きく書かれた張り紙がしてあるので、コインランドリーを使用する人はその規約に従うことを了承したものとみなされるのであろう。)
そして、お察しのとおり、アテクシの洗濯物がコインランドリーのカゴの中に入れられていたわけである。
別に床の上に投げ捨てられていたわけでもなく(外国ならありえるかも。そして言い争いになって銃で撃たれそう)比較的清潔と思われるカゴに入っていたわけで、なんの問題があるのだろうか?とみなさま思われることであろう。(クリーニング店に付属のコインランドリーなので、夕方くらいまでは店員さんがいるため、掃除も行き届いている)
しかしながら、アテクシは、自分の洗濯物(とくに肌に直接触れる下着類)が他人の手で触られることに我慢がならないというか、すごく気になるというか、不快になるというか、まぁそういうことなのである。(感染症も流行っているご時世だし、まぁそういうこともあるよね。というレベルではなく、コロナ以前からそういう性質であったので、これはもうアテクシのDNAに刻まれた防衛本能みたいなものなのではあるまいか?)
いずれは、ナノマイクロマシンが体内に常駐することで、身体にダメージを与える程度の細菌やウィルスが侵入しているかどうかの判定が行われるようになるのかもしれないが、今のところは、身体の反応もしくは、自分の気分によって、判定するしかないので、(身体の反応が出た時点でかなりヤバいことになっているはずで、そこもお気持ち優先で判断してしまう原因となっている)かなり難易度が高いし、普通の人は身体の症状が出た時点で病院へいくのが当たり前なのかもしれないが、アテクシはなるだけそうなる前に、対処したいという気持ちが強いのである。
だからといって、潔癖症なのか?というと、ソレがどうも違うのである。お風呂には毎日入っているが、それは別にウィルスや細菌を洗い流したいというわけではなく、単に皮膚が弱く、そのままにしていると、おしりがかぶれて痛みだすことで、QOLがだだ下がりするからであるし、食器をなるだけ洗わないですむように、使い捨て紙コップなどをコスパは悪いが使っているのも、別に感染症を警戒しているというよりは、自分が洗う食器の衛生状態があまり信じられないという点が大きいだけであって、ことさらに感染症対策というわけではない。(なにかしらの技術で食洗機に衛生状態の安全性を表示する仕組みが搭載されれば、食洗機を購入したい気持ちがないわけでもないが、(食洗機もあまり信用していないw)なにせ古い家なので、そもそも食洗機を置くスペースがないのである。(コンロをどかせば可能かもしれないが、今のところ使ってないとはいえ、料理したくなったときに困る))
そして、家の掃除もこの前1年ぶりくらいに、家電設置業者の人が家にやってきたので、ようやくやった程度にはズボラである。
別に家電設置業者の人がウィルスを運んできていると断定しているわけではないのです。きちんとマスクをしていらした。でもめっちゃ息苦しそうだったので、アテクシがマスクをしてもいいので、鼻くらい出してもいいんじゃないかと思ったけど、まぁ、規則で決まっているだろうから、余計なお世話だと思って言わなかったけども
(突然のTips、()を使って、補足をいれて、それを太字にしたかったのだけど、うまくいかないので、
で代用しています。)
ただ、他人が自分のテリトリーに入ってきたことで、なにか、空間が汚されたような気持ちになって、それをお祓いじゃないけども、塩もとい、イータックスプレー(1週間は抗菌作用があるらしい)を廊下や部屋に吹きかけて、モップシートで汚れをとるという儀式めいたなにかをしないと気がすまないだけなのです。(なので、実際に汚れがとれたかどうかはあまり気にしない。まぁ一応はほこりがごそっと、とれてはいる)
そういう、説明すると、すごくめんどくさく、一般の人にはとても理解できない、ある意味、狂気に満ちた感覚を持っている、アテクシの生きづらさというのが、この50年近く、おそらくは両親も理解できなかっただろうし、通院先のお医者さんも表面上の症状としては、把握しているのだろうけども、根本的な原因はわからないだろうし、アテクシの苦しみというか、日常生活上の不便や社会生活上の障害なども、本質的なところでは理解されていないのだろうと思うわけで、まぁ、このへんもAIの発展によって、社会もそういう障害を抱えた人も両方がうまくやっていけるような仕組みを構築していくしかないのではないかと考えるしだいなのであります。
という感じで、めっちゃ長くなりましたけど、GPTさんに、この前提をふまえて、今回のコインランドリー事件をどのように解決すべきだったのか?もしくは、次回、どのようにすれば、1回で問題なく、洗濯を終えられるのか聞いてみたいと思います。
僕とだいぶ似通った症状なので、強迫性障害の疑いがあるような気がします。
・強迫観念の内容について、その異常性を把握していること
・客観的な観測事実による観念の否定や自己理解を経ても症状が治まらないこと
この二つは特に典型的に見えます。
儀式行為の効果よりも、儀式行為それ自体に安心を見出す点も僕とよく似ていますね。
お大事に……
ありがとうございます。
記憶を遡ると、10歳未満のものごころがついたころには、すでに、強迫性障害のような症状があったことを記憶しています。(とくに、儀式については、今より長時間かつ意味不明のものが多かったように思えます。なので、最近はかなりショートカットできているほうかなとw)
最近は、身体もそうですが、脳の衰えを感じてきていて、この症状も20代、30代といった若い頃より、かなりマシにはなってきてはいるので、全体的な脳機能の低下が、神経過敏の状態にも影響することで、認知機能などの低下と同じように症状を低減させてくれているような気がしないでもありません。(そういう意味では年齢を重ねることは、できないことも増えていきますが、このような障害持ちにとっては、助かりますね)
日常生活はマイペースでなんとかなりますが、(儀式を途中に挟むことも可能なので)仕事となるとそういうわけにもいかず、なかなか難しいなぁと思います。(異国で労働しながら、一定時間にお祈りを捧げる必要があるイスラム教徒の人の大変さが理解できますw)
僕の主治医も似たようなことを言ってましたね。
歳を取ると良くなる、という傾向があるとかないとか。(実際、僕の症状はこの十五年でじわじわと回復傾向)
それが良いことなのか悪いことなのかは何とも言えないんですが。しかし、年寄りになるまで耐えれば僕にも救いがあるかも、と思えるのは悪くないのかな
昔、前頭葉の一部を切除するロボトミー手術みたいなのがあって、脳を物理的にいじることで、精神病を治す(実際は廃人になっただけですが、おとなしくはなったので、周囲の人の問題は解決したのかもしれません)というのがあったり、事故で脳を損傷した人が、人格を大きく変えてしまった事例があるように、物理的に脳をどうにかすると、劇的な変化は確実に起こるようですね。
今は、お薬を使って、ソフトな感じで脳を変化させていく治療が主流ですが、イーロン・マスクが実験しているニューラリンクみたいな、脳とAIやらネットやらを接続する技術が確立されれば、脳を物理的に手術するといったハードなやり方と、お薬を使って、間接的に脳神経を刺激するソフトなやり方の中間みたいな治療方法が誕生するかもしれません。