ひきこもり写真部

なるほど、それで「鏡像段階」というキーワードが出てくるのですね。納得です。
ラカンの理論は、発達過程を分析し理論にしたという感じなのかなと思いました。
鏡像で自己や家族のイメージを作る以前は現実界に住むというのも納得がいきます。
想像界が形成されていても、まだ赤ん坊の時期は現実界の混沌とした感覚が優位なのはわかる気がします。

想像界では、世界の事物に無意識的にラベリングしているのだと思いますが、現実界ではあらゆるラベル化以前の生のリアルであるがゆえに、それは捉えられない不気味なモノでもあるのかなと思いましたが、たぶん違ってますw

哲学的な話になりますが、そもそも現実は一つなのか?という話。現実を覚知する人は何人もいて、現実自体はその経験者の数だけあるのではないか。覚知する主体は、現実そのものを覚知することはできず、感覚器官を通してしか覚知することができない。だから、現実自体は知りえないため、現実が一つなのかそうではないのかということも知ることはできない。それは現実それそのものは感覚を超えたところに想定されるからだ。
・・・なんか違うかな?

これはわかりやすいですね。確かに、生活するのに慣れ、想像界・象徴界を生きるのに埋没している人々は、現実界のことをほとんど意識していないかもしれませんね。私も含めて。
現実界は無意識的なものなのかなと思いました。現実界は無意識的なもので、想像界は意識的なもの。Itsukieさんの考えによれば、その無意識的なモノに対する感度がひきこもりは高いのではないかということです。
無意識というと、フロイトを思い出しますが、現実界はイドと関係があるのかも?

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やはり、ラカンは難しい・・・ちょっと検索してみたのだけど、たぶん全然わかってないです。

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そもそも、ラカンの三界は何を説明するためのものなんだろう?というのが疑問としてあります。

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elさんの理解に励む熱心な姿勢に感動しました!

僕もラカンさんに関わる本を読んで面白く感じ、頭の片隅に入れている程度です。
例えば象徴界を経由した理解を正式な理解とし、それは数学のように証明可能なほど厳密な理解と置いたら、
僕は想像界に留まった理解の範疇で、それは漫画を読んで適当にお気に入りのシーンを語るような、主観的なイメージをたくさん交えた理解な程度です :hatching_chick: :sweat_drops:

三界は結局、何を説明されているのでしょう。
精神分析学という分野になると思うのですが、西洋の方は伝統的に物事を科学して理解していきたい欲求が強いという意見もありまして、
きっと人間の心や言葉について理解していく上で、三界は便利なモデルとして提唱されたのかなとふと思いました。枠組みを作ると色々便利ですからね。

鏡像段階は重要なキーワードですね!イドはエスとも言うそうです。エスは無意識の他に身体自体を指される事がありました。
人間は本来エス(身体)に過ぎないという現実界にある空疎な事実そのものに耐えることが出来ないらしく、
意味(自我)を求めて様々なラベリングを現実界に貼り付ける欲求が最初から備わっているそうです。
曖昧な理解ですが自分の今ここにあるエス(身体)の欲求を抑圧してでも、対象a(かつて欲求していたもの)という意味を求めて、
どれだけ覚えても本来は腹の足しにもならない言葉を覚えたり使ったりしながら、身体自体には盲目になって現実をあっちこっち行って彷徨ってしまうのが人間だとか。
睡眠時間を削ってでも一生懸命働かれる人は、きっと対象aを求め続けている、そんなイメージを持ってしまいました。そう思うととても人間的な振る舞いで素敵だなと感じます。
普通に生活を営んでいたら、当然、現実界に対する視力は落ちていくかなと思います。
子供は主に想像界、大人は主に象徴界を過ごす時間が長いため、無意識(現実界)は殆ど抑圧されていると思いました。

現実は一つかしかないか?
ラカンさんからしてみたら現実の姿は本来構造化されていなく、1つとか2つとか数の概念で置き換えることは恐らく無理と思いました。
現実は一つでありそれを客観と呼ぶとします。しかし現実自体は本来構造がないため客観も無いですね。
もし客観的な現実があり人間は最初からそれを認識できるのでしたら、言葉を覚えたりする勉強をする必要はないと思います。
一つしかない現実されるものは恐らく象徴界のことを指し、言葉によって共同化された幻想のことを客観と呼び、ちゃんとそれを理解することが人間のマナーである、というニュアンスがしっくりきます。

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可愛いすぎる:two_hearts::two_hearts:

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斎藤環さんのラカンについてのコラム?みたいな文章をネット上で発見し、少し読み進めてます。環さんの語りは取っつきやすく、わかりやすいし、ピンポイントで重要なところを示してくれているように思います。意味とイメージの世界が想像界、言葉の世界が象徴界、これらはお互いに独立した世界を作っているという説明にビビッときました。大変、面白いですね。

自分から始めて置いてなんですが、ここは写真部のトピックですので、ラカンについての話題をするのは別のトピックにしましょう。こちらから返信いたします。

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ラカン理論は原著は難しいですが平易な言葉に置き換えて頂いた書物は面白いです。RSI理論をカメラワークに与えてみたりとか。。。すみません、ここは写真部でしたね。失礼いたしました。

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流れを写真部に戻さないとまずいような気がする責任感が春の雰囲気の訪れと共に芽生える:seedling:
かぼちゃみたいな形をした紅はるかの焼き芋があったので、思わず写真を撮ってしまった

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今日は病院に行きがてら少し街をぶらぶらして、琴線に触れたものの写真を撮ってきました。
街の喧騒の中、緑に癒やされたので撮影。

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向き合う様子が可愛らしいハト。こちらも先日撮影したもの。

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知人に数年ぶりに飲みのお誘いを頂き、電車で片道1時間くらい掛けて向かった駅近くの裏路地。
道の雰囲気がガラリと変わってびっくり。壁一面グラフィティが描かれていてゴミ箱?が蹴飛ばされる音が何回か聞こえました :hushed:
一人だったら立ち寄らなそうだけど、人と一緒だと奇妙な自信がついて、いつもと違う世界観へ入ることができました。
お邪魔したお店の建物も年季がある感じですが、お店の人は笑顔で接客していただきました。
表面的な見た目で判断してしまう癖は、邪魔だな〜って思います

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暖かい時期になると賃貸のベランダの草むしりをしています。
1ヶ月ほど前までは殺風景だったのに、ここ二週間くらいで暖かくなってきたからか、
いつの間にかにこんなに大きな雑草が生えていました :open_mouth:
植物さんの生命力には圧倒されましたね

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先日の大雨で、近場の公園の散り桜が波模様を描いていたので、接近して写真に収めてみました。
桜は綺麗に散って欲しいと思いつつ、現実は泥に塗れて何となく不憫に感じましたね〜

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