辞書の読み方について。
高校生の時から引用文にあるような読み方をしている。少ない勉強時間でも十分に上達する上手い方法だと思う。
まあ、僕自身そんなに語彙力はないけれど、それはサボってるからで、この勉強法自体はとてもいいと思う。
みんなもやってみてね。
小西甚一『古文の読解』
第四章・その1 ヴォキャブラリー
より引用。
引用
辞典をひくと、それぞれの説明に①……、②……、③……など、用法を区別してあげてあるのが普通である。諸君のなかには、「エート、①が……で、②が……」などと節をつけてみたり、珍妙なコジツケを案出したり、苦心さんたんで①②③を覚えようとする人があるかもしれない。が結果はどうであろうか。古文をひとわたり読みこなすため必要な単語は、たぶん千六百語ぐらいだろうと思うが、千六百の古語がいつも①②③ですむとは限らない。ものによっては⑦⑧⑨まで現れるかもしれない。かりに平均⑤として、千六百の五倍は八千、それをことごとく記憶する自信もしくは勇気をお持ちだろうか。わたくしは古文の解釈を本職とする教師だが、八千の用法をいちいち覚えているわけではない。たとえば「はづかし」の第何番めの用法は……などと聞かれても、いったい中古語の「はづかし」にいくつの用法があるのかさえ頭にないのだから、答えられるわけがない。しかし、 古文のなかに「はづかし」ということばが何度現れようと、いちいち辞書なんか引かなくても、わたくしはちゃんと解釈できる。何だか手品みたいだとか、当てずっぽうじゃなかろうかとか、不信の念を抱かせるかもしれないけれど、事実そうなのである。 どうしてそんな芸当ができるのか。コツは簡単である。無料で教えるのはなんだか損をするような気もするが、日本の将来をになう若人のため特に公開すれば、
1基本の意味だけ覚えこむ。
2用例ぐるみ覚える。
の二か条である。ナアンダなどと言いたまうなかれ。われわれ国文学教師は、この二か条のおかげでサラリーを確保しているのである。
まず1だが、たとえば「はづかし」でいえば、次のような意味が、ふつうの古語辞典に示されているだろう。
はづかし
①きまりがわるい。てれくさい。②気がひける。気づまりだ。③自分より上だ。一枚うわてだ。④りっぱだ。すぐれている。美しい。
これを順序どおり①②③④と覚えて、さて作品に「はづかし」が出てきたばあい、③だろうか④だろうかと考えているようでは、とても間に合わないことが多い。わたくしなら、 まず①だけ覚えておく。そうして、②③④は忘れてしまう。四分の一の労力ですむのだから楽だ。しかも、①の意味は、現代語と同じであり、記憶のため特別な努力を必要としないわけ。なんとうまい話ではないか。しかし、単にそれだけですまそうとすると、しばしば0点を頂戴するにちがいない。①だけ記憶してしかも②③④の訳も適時に使えるというためには、いつも、
【基本意味+場面=訳語】
という原則を活用するがよろしい。つまり、同じ「はづかし」という語について①②③④などの違った訳語がはじめから存在するわけでなく、基本意味①に何か特別な場面が加わった結果、②③④などの訳語に化けるだけの話なのである。その場面は、要するに文章の形であたえられるわけだから、具体的には用例である。用例ぐるみ覚えておけば、いちいちの訳語は忘れても、なんとか解釈できるはずである。たとえば、
はづかしき人の歌の本末とひたるに、ふとおぼえたる、われながら嬉し。
(枕草子・第二六〇段)
という文章で、「はづかし」は④にあたる意味だが、けっして①と別ものではない。つまり、こちらがてれくさいほどな人がすなわち「はづかしき人」で、なぜてれくさいかといえば、相手が自分よりもあまりにりっばなので、どうして自分はこんなにつまらないのかと感ずるわけ。そうすると、それは③の応用にすぎないこともわかる。また、歌の本末を問うというような知識的な面でつきあっている人だから、④のなかでも「すぐれている」 で解釈するところだが、もし前後に容貌のことが出ていれば、同じ④でも「美しい」のほうで解釈することになる。「はづかし」の訳語は、何も前にあげた九つだけに限らない。場面によっては「面目ない」と訳することもあろうし、また「尊敬に値する」と意訳しなくては合わないこともあろう。「はづかし」を英訳するとき、場面によってはdishonorableとなることがある。「尊敬に値する」とdishonorableとでは正反対のようだが、「基本意味+場面」で考えれば、おどろくには当たらない。 こんなふうに、いろいろ違った用法が出てくる古語を、基本意味だけで片づけると、しばしば0点になることは前述のとおりだが、場面によってどんなにでも変化する訳語をいちいち記憶できるものではないことも前述のとおりで、それでは、どうしたら矛盾なしにこの点を処理できるか。わたしなら、
はづかし=feel embarrassed
「はづかしき人」(プラス場面)
といったようなカードで記憶してしまうであろう。つまり、feel embarrassedがふつうの意味だけれど、それだけでなく、古語には古語としての特別な用法があるぞ――という注意を呼びおこすため、現代語にない「はづかしき人」という用例だけをひとつ記憶しておく。あとは、出たとこ勝負、場面に応じて適当な訳語をくふうすればよい。たとえば、さきほどの『枕冊子』第二六〇段は、
『尊敬している人が古歌の上句や下句を質問なさったとき、すぐに思い出せたのは、自分ながらうれしい。』
と訳してよかろう。