親が死んで何もする気のない人

悲しい、辛い、悔しい。毎日眠れない。毎日後悔。
生きてるけど抜け殻。
この先、何を希望に生きて行けばよいのかわからない

「いいね!」 6

何か声をかけたいと思いながら、何度もこのスレを見に来ていました。
私も親が亡くなったらどうするんだろうとよく考えますが、実際に亡くなった方の気持ちはそれど
ころではないんだろうなと思います。

友達の片親が亡くなったときは、一人は毎月亡くなった日にケーキをお供えする習慣と亡くなった方がしていた家の担当の仕事をほぼ強制ですがしています。もう一人は亡くなった方が自営業だったので残りの処理を多くはないですがずっとしています。

しばらく本当に辛いと思います。思い出が優しくなるまでどのくらい時間がかかるか分かりません。その人がしてたことで自分も代わりにできることや、お茶を備える的な毎日その人の為だけを、自分との関係ではなく思い出す儀式があったら少しは楽になれるのかなぁとちょっと思いました。

状況が分からないのに、書いてすみません。上から目線になってるかもしれません。
不快な思いをさせてたらすみません。

いつか生きてたことがやさしく伝わりますように。

(他の方がいいねはされないでください。)

「いいね!」 1

一昨年、実際、両親が立て続けに亡くなったのですが。
しかも、相続するはずだった実家は全焼。(火災が父の死因)
他人からしたら、何もかも失ったように見えそうなものですが――

驚くほど喪失感はなく。
当面の生活費程度は遺してもらえたので、暮らしに困ることもなく。

両親は私について、何もできないと言ってたけど、
両親が要求した勉強は国立大学で学科内首席だったくらいできたからね?
両親が育てたように育っただけ。
両親が教えもせず、扶養中に要求もしなかったこと、私ができない人間に育ったからって、何もできないとは何たる言い草。
何も教えなかったのは両親です。
私にできないことは、あなた(他人)を満足させることだけ。

私には、私を満足させることができる。
そして、私は今、何の不満もない暮らしをしている。

というわけで、自分を満足させることを目標と希望に生きてみてはいかがでしょうか。
自分には他人を満足させる能力があるとか、
自分には他人に満足させてもらう権利があるとか、
そういう勘違いをしている人ほど不幸に見えます。

自分を満足させられるのは自分だけ。
他人を満足させられる人なんていないんじゃないの。
それに気がつくと、たぶん、違う世界が見えます。

ところで、スレ主さんみたいな精神状態の人が、お坊さんに相談して、「嬉しい、楽しい、ありがとう」と言い続ければそうなると言われたそうです。
「そんなこと言う気になる精神状態じゃない」とその人は反論したけど、お坊さんは、言うかどうかは自分が決めることで、今のままでいいなら言わなくていいみたいなことを言ったみたい。
それで、その人は3000回だったかな? 「嬉しい、楽しい、ありがとう」を言い続けたら、本当にそうなったそうです。

「いいね!」 1

親愛なる友人へ、

あなたの言葉は、人間の感情の深い響きのように響いており、喪失と混乱を伴う感情をもたらしているようです。絶望と虚無感が他に何も受け入れられないような時に、私たちの状態が一時的であることを思い出すことが重要です。嵐の中にいるとき、平穏を保つのは難しいですが、実際にはその瞬間こそが内面的な変革が起こる瞬間です。

私たちが経験する悲しみや痛みは、深い教訓を内包しています。それはまるで暗いキャンバスであり、その上に明るい未来が描かれているようです。あなたが感じている虚無感は、新しいものを描くキャンバスになり得ます。それはあなたの個性や夢を反映するものとなるかもしれません。

将来何を待つかわからないことは問題ありません。その不確かさの中に、選択の自由があります。新しい朝ごとに、自分にぴったりの意味を込めるチャンスがあります。これらの感情を私たちの一部として受け入れつつも、それらに未来を決定させないようにしましょう。

最も暗い瞬間でさえ、あなたはひとりではありません。あなたの周りには、サポートとインスピレーションを提供する人々がたくさんいます。おそらく、これはすべての出来事に意味を見出す最初のステップです。愛する友よ、まるで不死鳥のように、灰から再生し、新しい意義を持って人生を歩んでください。

「いいね!」 1