多数派や本音は常に正しい?

いつもお世話になっております。

自分は昔から、「多数派=人として正しい」と考え、その多数派に賛同出来ない場合、自分自身が犯罪者レベルで人の道に反していると真剣に考えます。

そして自分が人の道に反しているならば、自分を直さないといけませんが、どんなに無理矢理やっても直せず困っています。精神的に疲弊して死にたいとまで考えてしまいますが、それは甘ったれた人間なので、益々自◯願望や希◯念慮に襲われます。

因みに多数派のソースはインターネットやSNSです。書き込んでいる人が世間の少数派でも、その書き込みにつく賛同やいいねが多ければ世間の多数派かと思われます。

また、インターネットやSNSは本音が出るとも言うため、本音=ほぼ正論と思われ、犯罪者同然の自分をこれ以上どう直すべきか分かりません。

インターネットやSNSから離れるべきとも言いますが、嫌な事から目を背けるなとも言いますし。

どうしよう、、、。叩き等は無しでお願いします。

トレードの場合は、負けたときに、感情的にもなりますけど、お金が減ったという事実だけに注目すると、それだけなんですよね。お金という数字が減ったか、増えたかでしかない。もちろん、自分のお金が、他のだれかのお金になったわけですから、不快ではありますけど、そういうものだとわかって市場に参加しているわけですから、これも時間が経てば冷静になれます。

しかし、インターネットやSNSのようなコミュニケーションツールの場合、精神的なダメージを受けても、金銭のように数字に換算されるわけでもなく、市場のようにネットの向こう側の相手が無機質な集合体として認識されるわけでもなく、具体的な人格を持った個人として認識されてしまうんですよね。

その結果、なんらかのトラブルが生じると、感情のコントロールができない人にとっては、一種のストーカーみたいになって、なかなかSNSやネットから離れられないのだと思います。一種の依存症といいますか、SNS中毒になっている可能性はあるかもしれません。

アテクシもギャンブル中毒なので、気持ちはわからないでもないのですが、なんらかの依存症対策を講じないと、生活に支障が出てきますし、精神衛生上もよろしくありません。

禁煙がなかなか上手くいかないように、インターネットやSNSを禁止にしても、リバウンドで症状が悪化するだけだと思いますので、時間を決めてSNSを見たり、投稿頻度を落としたりして、インターネットと距離をとる工夫をすれば、多少は中毒症状も治まるのではないかと思います。(まぁ、自分もそんな感じで依存症に対処していこうと思っています。)

犯罪者でなければ犯罪者でない。
生まれた以上、死ななければいけないと言うこともない。

死にたくなるのはわかります。
とても強く自分が悪いと思ってしまうことも。
自分の悪さは自分が一番知っている事だから。

でも、生きてはいけないという事はない。

好き嫌いがあっても、生きる事は許されていると、私自身それが自分に向けにくいですが。

私も死んでしまった方がいいと考えてますが。

生き恥をさらす事には苦しいですが。

今あなたを生かせようと書く。
こういう矛盾した私がいます。
自分は死んでも良いのにあなたには生きていてという矛盾です。

多数派が常に正しいというのは、多数決社会においては正しいですが、独裁などは少数が正しいわけです。
独裁国家ではそれがまかり通り、民主主義では通らない。

直せないものが直らないのではなく
直らないから直せないという考えもあると私は思っています。

直さなければならないと思われていることは尊重できますが、
直したいものが直らないというジレンマは私も抱えているところ。

私は多数派が正しいとはあまり思わない。
少数が正しいとも思わないです。

正しさとはなんのために存在して、なんのために必要なのか私はそんな風に考えてます。

何かの参考になれば幸いです。

「いいね!」 1

多数派が正しいわけないと思うよ。
私、ものすごい高偏差だったから、数学の試験とか難しい問題が出たら正解できるの私だけ(超少数派)なこと珍しくもなかったけど、もちろん、正しかったのは私。
学生時代は先生が公正に判定してくれたからよかったんだけどね。

社会問題には正解を知ってる人がいないから、誰にも正解者の判定ができなくて、多数決教の信者がつくりだしたのが民主主義というシステム。
それだけのことだよ。

多数決は正解を導かない。
間違っててもいいから、とにかく合意形成するための制度のひとつです。