ひきこもってるからできること。
働いてないから出来ること。
友達がいないからできること。
恋人がいないから出来ること。
結婚してないから出来ること。
若いから出来ること。
死んでないから出来ること。
知らないことをいちいち調べていたらキリがないぐらいの情報過多社会。未完了を放置する能力が問われていると思う。これこそ境界線。
寝不足じゃなかったらやってけなかったのかもしれないし、宗教を信じていなかったらやってけなかったのかもしれない。恋に盲目じゃなきゃやってけなかったし、自分に価値がないと思い込まなければやってけなかったのかもしれない。
そうじゃなきゃやってけなかったし、そうだったから前に進んだり出来るようになったことがあったし、そうじゃなくても大丈夫だって気付けた。
時給どうこうで働くより
不労所得増やしていく方が精神的には楽なんだよなあ
額が少なくても構わないからとにかく不労所得に限る
少なくとも自分はそういう育ち方をしてきた気がする
雇ってもらえるかどうかすら怪しいし
雇ってもらったとして上手くやっていけるとは思えないからね
そして働かないんじゃなくて採用されないからしょうがないと思うしかない
それは自分の責任じゃない 自分が選んだわけじゃないからね
そこを自己責任論にしてくる人が基本的に苦手である
今朝は気持ちが落ちてるなぁ。
よく眠れなかった
期待外れを我慢しちゃうと文句を言いたくなるのかも。
精神的にストレスを上手く消化出来なくなるとどうしていいか分からなくなって過食して、そっから崩れるパターンがあるなあ。
「ひきこもる自由」みたいな考えを見かけたことがあるけど、自分の意思でひきこもることなんてないだろうから違和感を感じる。ひきこもり状態になってる人にとやかく言うことは良くないし、そうされない権利のようなものは必要だと思うけど、怪我したり病気になった人を守るような感じに近いと思う。
なんか職場の上司に対する自分の態度が母親への態度のそれに似てきて悲しい。前までは言われっぱなしだったけど、色んなことが分かってきて立場が逆転してきた。でもそんなことを望んでいた訳じゃない。
俺はどうも掴み取るとか勝ち取ることよりも受け容れるとか流れに任せるという言うな受動的な価値観を持っていると思う。開拓よりも自然の恵みを頂く、みたいな感じか。でもヴィンランド・サガを読むと開拓者はそうせざる負えなかくて開拓地を求めていくケースがあるらしい。帝国主義みたいな明らかな侵略は好まない。原住民やその土地にリスペクトがあって調和していくならいい。
「お前、これからどうするんだ?」
復讐する敵を失い、それでも憎しみは消えぬまま。犯した罪で背負った十字架に苦しむ。
絶望の中で本当の望みが浮かんでくる。
もうあの頃のような脅威はいないはずなのに怯えたまま。
大事なのは思い。
俺は仕方ないと言って誰かを否定するのが大嫌いだ。
心の底から大嫌いだ。
だってそれは自分に嘘をつくことだから。
諦めているから。
否定は心の底にある本当の思いの諦め。
誠実に。
千年かかってでも諦めたくない。
諦めきれないよ。
俺は俺を生きたいよ。
俺は人の思いが現実を超える描写にとても心動かせられるのだけど、それは人の諦めきれない強い思いに感動するからなんだと思う。
どんなに落ちぶれたって、まだ生きてる。
まだ俺は生きたい。
生きるのを諦めきれない。